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2014年06月22日13:23

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『ロング・グッドバイ』原作と[東京篇]

土曜ドラマ『ロング・グッドバイ』は、本当に素晴らしい作品だった。
http://www.nhk.or.jp/dodra/goodbye/index.html

5月17日(土)の最終回後、すでに一か月以上たってしまったけれど、
余韻さめやらず、未読だった原作本とノベライズ本を読んだり、
横浜のロケ地めぐりをしたりしていた。
心惹かれる作品に出合うと、どうしても深く掘り下げてみたくなる。

<レイモンド・チャンドラーの原作>
まずはレイモンド・チャンドラー著、村上春樹訳の邦訳
(2007年、早川書房)を読んだ。
ハヤカワ文庫版はみな出払っていたので、
図書館で借りたのは分厚いハードカバー(579頁)。

これまでチャンドラーの作品は読んだことがなかったが、
春樹作品にはずっとなじんできたせいもあって、実に読みやすかった。
なるほど、村上春樹的主人公は、そのままマーロウ的だったのだなあと感心。
比喩にこだわったりするところや、
マイペースながら事件に巻き込まれてゆく体質に強い既視感。
わくわくしながらあっという間に読んでしまった。

感銘を受けたのは、ドラマから受けた印象そのままだと感じたこと。
アメリカと日本という舞台の違いこそあれ、
ドラマは実にうまく換骨奪胎して置き換えていたのだなあ。
この人物はこういうキャラクターだとすんなり呑み込める。
戦後の喪失感、なんでもありのエログロ文化、
暗躍する闇の世界の住人、かつての植民地への逃亡など、
目に見える姿は多少ちがっても、精神は見事に生かされている。
本当に読みごたえがあった。

ドラマのキャッチコピーとなっていた「さよならを言うのは、少しだけ死ぬことだ」
という言葉は、第50章の終わり、512頁に出てくる。
「フランス人はこんな場にふさわしいひとことを持っている」という前書きも。
訳者あとがきによれば、この小説のキメ台詞のような
To say goodbye is to die a little という言葉はチャンドラーの創作ではなく、
1940年代の流行歌にも含まれていて、
当時のアメリカでは広く人口に膾炙していた言葉だとか。

<『ロング・グッドバイ[東京篇]』>
2014年4月発行のハヤカワ文庫。
表紙を浅野忠信演じる増沢磐二の渋い横顔が飾っている。
ドラマの具体的世界を期待して読み始めると、こちらは勝手が違う。
奥付前の頁に「本書は、レイモンド・チャンドラー原作、渡辺あや脚本の
NHK土曜ドラマ「ロング・グッドバイ」を原案に書き下ろしたものです。」とあり、
著者は司城志朗。

つまりこれは脚本そのままではなく、ドラマとはまた別モノなのだ。
でもどうしてもドラマと比較してしまって、差異の部分ばかり気になってしまう。
第一この本の登場人物名には「増沢磐二」という名がない!
彼は名無しの「探偵」。周りの人も皆彼を「おい、探偵」「探偵さん」と呼ぶのみ。
ドラマでは語り部として森田記者が話を進める入れ子構造になっていたが、
この本ではそれはなく、探偵の主観で進んでゆく。
(ある意味それは原作通りなのだが)
他にも、高村世志乃の夫・高村医師が「ワシは…」としゃべるのに違和感。
堀部圭亮演じる、あのシュッとした神経質そうな人には似合わない。

いかにも不気味な原田平蔵邸のテレビ画面で、
笠置シヅ子が歌っているのは『東京ブギウギ』。
これは絶対『ジャングル・ブギー』じゃなきゃ駄目でしょ!
ドラマでは黒澤明監督の映画『醉いどれ天使』のキャバレー場面。
ブギならなんでも良いってわけじゃない。

最後の探偵と許松勇(原田保)の再開場面も、
横浜中華街の石造りの料理店となっていて、
身分を明かさないままの保は黒のスーツにサングラス姿で座についている。
あの重い扉の内側の、祭壇の蝋燭の炎のゆらめきは出てこない。

というわけで、ドラマの再現を求めた読者としては肩透かし。
これって細かいところは変えなくちゃいけないものなんですか?
以前土曜ドラマ『チェイス』のノベライズを読んだ時も、
ディティールの違いにがっかりしたけれど、
ドラマに忠実な書き起こし採録というのはあり得ないんですね。
ああ、渡辺あやさんの脚本そのものが読みたいなあ。
ドラマの余韻に浸りたいなら、むしろチャンドラー原作を読むほうがお勧めだと思う。

<人物名と場所>
ドラマでは戦後まもない東京が舞台とはなっているが、
ちょっと無国籍な感じもして、探偵事務所や上井戸邸がどこにあるのか、
具体的な地名までは分からなかったし、それで少しも構わなかった。
横浜から船に乗って台湾へ、というのは自然に思えたし、
戦争が終わるまでは日本の一部とされていた植民地・台湾の使い方も巧みだった。

ノベライズには地名が書き込んであるが、さすがにそれぞれ的を得た場所。
原作の登場人物名を知ると、なるほどそれでこの名か、と
くすっと笑ってしまったものもある。
せっかく原作と両方を読み込んだことだし、人物紹介など対比の覚書を記しておく。

ハートドラマクレジット スペードノベライズ人物紹介 ダイヤ原作人物紹介

ハート 増沢磐二(浅野忠信)
スペード 探偵…私立探偵
ダイヤ フィリップ・マーロウ…私立探偵

ハート 原田保(綾野剛)
スペード 原田志津香の夫
ダイヤ テリー・レノックス…シルヴィアの夫

ハート 原田志津香(太田莉奈)
スペード 女優
ダイヤ シルヴィア・レノックス…ハーランの末娘

ハート 原田平蔵(柄本明)
スペード 大富豪の実業家。志津香の父親
クラブ ハーラン・ポッター…億万長者

ハート 高村世志乃(富永愛)
スペード 志津香の姉
ダイヤ リンダ・ローリング…シルヴィアの姉

ハート 高村医師(堀部圭亮)
スペード 高村信輔…医師。世志乃の夫
ダイヤ エドワード・ローリング…リンダの夫。医者

ハート 上井戸譲治(古田新太)
スペード 作家
ダイヤ ロジャー・ウェイド…ベストセラー作家

ハート 上井戸亜伊子(小雪)
スペード 上井戸の妻
ダイヤ アイリーン・ウェイド…ロジャーの妻

ハート 章介(泉澤祐希)
スペード 金田章介…上井戸家の書生
ダイヤ キャンディー…ウェイド家のハウスボーイ

ハート 六郎(渡辺大知)
スペード 財前病院の護衛
ダイヤ アール…ドクター・ヴェリンジャーの護衛

ハート 羽丘(田口トモロヲ)
スペード 出版社社長
ダイヤ ハワード・スペンサー…ニューヨークの出版社の社長

ハート 森田記者[語り](滝藤賢一)
スペード 東亜タイムズの記者
ダイヤ ロニー・モーガン…『ジャーナル』誌の記者

ハート 正岡虎一(やべきょうすけ)
スペード やくざ。通称・正虎
ダイヤ メンディー・メネンデス…ギャングのボス

ハート 遠藤弁護士(吉田鋼太郎)
スペード 遠藤…弁護士
ダイヤ スーウェル・エンディコット…弁護士

ハート 岸田警部補(遠藤憲一)
スペード 岸田…警視庁捜査一課の警部補
ダイヤ グリーン…ロス・アンジェルス市警殺人課の部長刑事
     バーニー・オールズ…郡警察の警部補
     ヘルナンデス…同警部
*警察関係者は原作には多く登場するが、
岸田警部補のキャラクターは、主にグリーンとオールズを併せたものと思われる。

・探偵事務所
スペード 東京 青山三丁目
ダイヤ ロス・アンジェルス ダウンタウン

・大富豪の家
スペード 番町のもと大名屋敷
ダイヤ 豪邸地区のアイドル・ヴァレー(架空地名)

・作家の家
スペード 成城の豪邸街
ダイヤ 豪邸地区のアイドル・ヴァレー(架空地名)

・作家を監禁した闇医者の病院
スペード 調布
ダイヤ セパルヴェダ・キャニオンの牧場(ランチ)

・亡命先
スペード 台湾の淡水(横浜港から船で)
ダイヤ メキシコのオタトクラン(ティファナ空港から飛行機で)

・出版社社長との待ち合わせホテル
スペード 赤坂グランドホテル
ダイヤ リッツ・ビヴァリー・ホテル

・保(テリー)の所属部隊
スペード 独立第361国境守備隊(満州 ソ連との国境地帯)
スペード 英国陸軍の特別奇襲(コマンド)部隊(ノルウェイの小さな島)

作家殺しの場面は原作では湖畔なので、
湖を走るモーターボートの音にかぶせて拳銃が発射されるが、
ドラマでは邸裏手の多摩川に上がる花火の音となっているのは、
画面としても華やかで素晴らしいアレンジだと思う。

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