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2006年07月29日12:37

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歌舞伎座の鏡花劇(「夜叉ケ池」「海神別荘」「山吹」)

休みを取り、昼夜通しての観劇。
昼の部は「夜叉ケ池」「海神別荘」。
ネット予約で残席状況を何度か見たが、昼の部のほうが早々に埋まったらしい。
さもありなん。海老蔵主演の「海神別荘」の人気が高いのかもしれない。

まずは「夜叉ケ池」。
ドイツの劇作家ハウプトマンの「沈鐘」を訳(修飾)した鏡花が、
その影響を受けて書いたとされる作品。
続く「海神別荘」「天守物語」とあわせ、幻想三部作とも言われる。

湖の主・白雪姫とその眷属たち魔界のものと、俗な村人たちとの対比。
うつくしい村の女百合と、彼女のために鐘楼守をつとめてきた晃は
俗世の犠牲となり、最後は異界へと転生することを思わせて終わる。
白雪姫そのひとも、その昔、百合と同じように雨乞いの生贄にされた娘で、
その結果魔界のものとなったということが、
大詰め場面での説明話で分かるのは「天守」と同じ。

完成度の高い「天守」などに比べると、村人の俗悪ぶりなどがちょっとくどく、
ごたついた印象でやや苦手だったのだが
(篠田監督の映画は大失敗だったと思っている。あたら逸材を使いながら…)、
久しぶりに見て、歌舞伎座にはよくはまっているし、
白雪姫の台詞は実に鏡花的アリアでかっこいいし、
鯉七や大蟹五郎などの道化ぶりも目に楽しかった。
魔界の眷属たちの打ち揃う場面は、歌舞伎役者たちの面目躍如。気持ちいい。

鏡花の時代には歌舞伎の物語は一般教養だったろうから、
台詞にも当たり前にしょっちゅう出てくる。
「鐘を撞く旦那はおかしい。実は権助と名を替えて…」とか、
「源左衛門は草履で可し、最明寺どのは、お草鞋、お草鞋」
とおどけて支度をする晃など、
歌舞伎文化圏にすんでいるお客さんには、
その知識のないひとよりすんなりなじみやすいだろう。
ほっと落ち着ける気がする。
春猿の百合・白雪の二役はなかなか良かった。
どちらかというと百合のほうがニンに合っているが、
白雪も「天守」の亀姫よりはずっと素敵だった。

「海神別荘」を観るのは4回目。
6年前の日生劇場では主役二人は今回と同じ。
銀座セゾン劇場での伊原剛の公子、宮沢りえの美女。
三越劇場での水谷良重(当時)の公子、波野久里子の美女も観ている。
海の底の閉じられた世界なので、ドラマの盛り上がりには
多少欠けるけれど、なんとも優雅で綺麗なおとぎ話。
台詞の歌うようなうつくしさにうっとりする。

特筆すべきは天野喜孝の美術・衣装デザインだろう。
淡く微妙なファンタジー世界にぴったり。
それをまとった主役たちのなんという美。
海老蔵のマント姿、玉三郎の白のドレス姿はまさに絵のよう。
海中を進むシーンは、ゆらゆらと舞踊のような振りで表現される。
騎士たちのひるがえすマントもうつくしい。
生演奏のハープの奏でる音も相俟って、
ここが歌舞伎座であるということを忘れた。
カーテンコールまであるし、ファンは大満足だろう。

夜の部の最初が「山吹」というのは、
いきなりここから見る人には世界に入りにくくてきつい。
玉三郎の縫子、天本英世の人形使で観て以来、26年ぶり。

これは非常にむつかしい作品だと思う。
かつて思い続けた洋画家に思いも告げられず、
失意のまま嫁いだ子爵家でさんざん苛められ、世の中に絶望した縫子。
再会した画家は彼女の思いを受け止められず、
彼女は偶然めぐりあった老人形使と共に行くことを決意する。
昔高貴な女性に手を出して死なせてしまったことに苦しんでいる彼は、
罪滅ぼしのため、うつくしい女性に折檻されることを望んでいた…。

派手な部分はないし、ものすごい緊迫感と異様さが漂う舞台。
時刻は昼下がりから黄昏どきまでのわずかな時だけれど、
俗世に虐げられた人間がついに世をすてて魔となるまでの時間を描いているのだ。
照明はどんどん暗くなるし、縫子は必死に画家をかきくどく。
いままでの経緯とせっぱつまった心情を
彼女の述懐だけで納得させねばならない難役。
それを笑三郎はきちんと演じきっていたと思う。
それにしてもやるほうも見るほうも気が抜けなくて大変。
歌舞伎座の客はどう見てよいのか分からないかもしれない。
楽しむ、というような作品ではないのだ。
「世間へ、よろしく。さようなら」
と老人とともに去ってゆく彼女は凄絶だが、迷って残る男は情けない。

「天守物語」の感想は8日の観劇とあまり変わらないので割愛。
こういうものだと覚悟を決めたから前よりは安心して観た。
海老蔵はやっぱりすばらしく綺麗だ。
亀姫はトチリはなかったけれど、やはりおっとり型。
全体に性急ではなくまったりとした印象の「天守」だった。
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