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2011年09月30日09:52

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575 下津井電鉄 2

写真1はモハ102、写真2はサハ2、写真3はモハ1001、1975/5/25下津井電鉄下津井車庫。

1954年下津井電鉄は新造車第2陣としてナニワ工機でモハ102とクハ22を作りました。1956年に栗原電鉄の改軌で不要になったモハ1401形1401〜1403の譲渡を受け、電装を解除してサハ1〜3となりました。路線の部分廃止後、モハ102+サハ2+クハ22の編成はイベントや競艇が開催される多客時輸送用としてときどき運用されていました。

1954年クハ23がクハ22と同じ仕様で帝国車両工業で作られています。1973年に単行運用ができる両運転台の電車として、クハ23の窓配置変更、客用扉を両端に移設、ワンマン化、廃車されたモハ52の中古部品を流用してモハ1001に改造するという大工事が自社の車庫で実施されました。1983年から「赤いクレパス号」と称して車体への落書きを認めるようになり、ひどく汚れた状態となりました。

軽便鉄道の車輛としては大型で、大都会の大型路面電車とほぼ同じサイズでした。

追加の写真と記事は http://satoyama.in/auto/sharyo/auto676.html をご覧下さい。
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