mixiユーザー(id:949383)

2009年09月01日00:42

62 view

ドリアン総括(原作と舞台)

台風11号の接近で朝からどしゃぶりの雨だったが、
公演終了後にはそろそろおさまっていてほっとした。

世田谷パブリックシアターでの東京公演千秋楽(8月31日)。
この劇場でのラストステージだけに、気迫は十分。
輪郭がくっきりとして、ドリアンの酔っ払いぶりも涙も
たっぷり見せてもらった気がする。
まだ神戸公演があるものの、今回は遠征する余裕もないし、
私がドリアンに逢えるのは今日が最後。
終わってみればあっという間。やはりさみしい。

この舞台のドリアンは、かなり独特。
原作との相違点は、初日に感じたことで言い尽した気がするが、
ヘンリー卿との出会いの場のドリアンが、あどけない美少年ではなく、
クールな大人っぽい人物だったことには意表をつかれた。
演ずる耕史くんそのひとを感じさせるような、男っぽいイメージ。
原作のドリアンは間違っても「俺」なんて一人称は使わない。
もっと甘やかな感じの、興奮してさっと頬が赤くなるような、
流され染まりやすい、二十歳そこそこの初々しい青年だ。

対して耕史ドリアンは、自らの美に溺れるナルシストとは思えない。
やわな青年ではなく、自ら行動する印象が強かった。
原作では、復讐に燃えるジェイムズは、
狩りの最中に彼をつけ狙って近づこうとしたため、
別の紳士に間違って撃たれ、ドリアンはこの偶然にほっと安堵するのだが、
この舞台では阿片窟での出会いの際、ドリアンが自ら手にかける。
そしてまた、ヘンリー卿の意見に逆らって、
「僕は変わってみせる」「善人になる」と涙ながらに宣言し、
彼から贈られた指輪を返して決別する。
そして、邪悪な過去を捨て去るために、恐ろしい様相となった肖像画を切り刻む。
それが自らを滅ぼすことも知らずに。

ポストトークで興味深かったのは、
ここで彼が涙を流すことは、稽古のなかで自然に出てきたのだということ。
たとえば『新選組!』終盤で、盲目の兄に別れを告げに来て、
綺麗な涙を静かに流していた土方や、
『陽炎の辻2』の奈緒との襖越しの別れの場面で、
予想もつかないほど大粒の涙をぽろぽろとこぼした磐音のように、
あらかじめ頭で考えた演技プランではなく、
その現場で、感応するように自然に出てきたものなのだと思う。

この場面の涙を見ると、胸が切なくなって、
それまでの悪行を見てきたにもかかわらず、
ドリアンの苦しみが嘘ではないことを痛切に感じ、
痛ましくてたまらなくなってしまうのだ。
彼は悔いている。過去を捨て去って変わりたいと願っている。
シビルに生き写しのヘッティへの思いも、ストレートで切ない。
だから終盤のドリアンには、ちょっと斜にかまえていた登場時よりも、
心の奥底の純真さを感じてしまう。

「これ以上醜くなりたくない」と、
汚れを祓おうとする強い意志は、清々しいものに思えた。
原作ではナイフでただ一突きしたあと、
恐ろしい悲鳴をあげて、ドリアンは絶命する。
それによって醜悪な肖像画は美しい青年の姿に戻り、
床には年老いてぶざまな死体が転がっているというどんでん返しのラスト。
ちょっとジキル博士とハイド氏を思わせて、怪奇ものめいているが、
この舞台では、うつくしい青年の姿のままだったのが
いかにも彼に似つかわしかった。
肉体は死しても、きっと魂は浄化されたに違いない。
仰向けになった彼の体が静かに舞台盆の回転につれて回る時の、
やさしい旋律とやわらかなひかりが、それを象徴しているかのよう。

台詞では語られながらも、退廃だの非行だの、およそ感じられない
本当にストイックな舞台で、しばしば息を詰めて見てしまうため、
呼吸困難に陥ってしまうほどなのだが、
後味が悪くないのは、この浄化場面が最後だからかもしれない。

<断片的な感想>
・「彼そのものが芸術品なんだ」
それは演じているひとにもそのまま当てはまって、とても納得。
15年前と殆ど変らない、若々しくすべすべの肌。愛らしい顔。
世の婦人のひとりとして、その秘密を知りたいです…

・衣装は品は良いのだけれど、
もうちょっとちゃんとしたコスチュームが見たかったなあ。
どうもドリアンがとても大きく見えてしまう。
個人的には、上着を脱いで白いシャツとベストだけのほうが、素敵だと思った。
時計の金鎖が紳士らしい。

・前嶋さんの音楽は本当に素晴らしい!
昔の映画の「劇伴」のイメージ。とてもわくわくした。
是非ともサントラ盤を。

・加納さんのヘンリー卿は傑作。愛嬌もたっぷり。
声のトーンも自在に変化して自由自在だった。
耕史ドリアンとのバランスもとても良い。

・伊達さんのバジルは、いささか青くさい感じ。
理知的すぎて、我を忘れて没頭する芸術家には見えなかった。

・今夜の月は不思議な様子をしている、とか、
夜なのに鳥の羽ばたきが聞こえる、とか、
不吉の前兆だとか言っておびえるドリアンの台詞は、
そのまま『サロメ』のヘロデ王の台詞だ。
「ヘロデ アンティパス…」とヘンリーが言う。

・自らの頭をピストルで狙って引き金を引きながらも自殺を果たせず、
絶望のあまり笑い声をたてたあと、ゆっくりと立ち上がる動きは、
まるで何かの舞踊のようにも見えた。

・シビルへの縁切りのあと、ヘンリー卿がやってくるまでの経緯が、
ほとんど語られていないので、考え直して結婚するというのが、
いささか唐突に思える。
それにしても、机に向かっている後ろ姿はとても素敵。

・床に撒かれるラブレターの白い紙。
ちょっと『L5Y』で何度も撒かれては集められる、小説の原稿を思い出した。

・仰向けになって横たわるドリアンの亡骸。
ひかりのあたった綺麗な顔。しゅっとした鼻のライン。
あ、レミゼのガブローシュの最後の姿と似ている。
弱冠12歳にしての名演技のあのころから、
このひとは何度舞台のうえで死んでいったのだろう。
0 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2009年09月>
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
27282930   

最近の日記

もっと見る