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2009年07月09日01:57

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女殺油地獄(六月大歌舞伎昼の部)

http://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/2009/06/post_43-ProgramAndCast.html
千穐楽の6月27日に鑑賞。

昼の部の目玉は、最後の演目『女殺油地獄(おんなごろしあぶらのじごく)』。
仁左衛門さん一世一代の与兵衛とのことで、
これを見るためだけに昼の部に足を運んだようなもの。
2007年7月大阪の松竹座で、与兵衛を演じていた海老蔵さんの怪我休演により、
急遽仁左衛門さんが演じることになったと聞いた時は、
近かったら是非とも見に行きたかったのだけれど、さすがに大阪までは行けず。
もう見る機会もないかと残念だったから、
歌舞伎座さよなら公演で実現したのは嬉しかった。

河内屋与兵衛は孝夫時代から当たり役のひとつ。
遊蕩三昧で親きょうだいを苦しめたすえ、
何の罪もない(しかも親切にしてくれた)人妻お吉を殺して金を奪うという、
身勝手この上ない若者。どう考えても同情の余地はない。
初演の時は、あまりに救いようのない主人公だったせいか、不評だったとか。
ある意味、現代の無軌道な犯罪につながるイメージがあり、
本当に若い他の役者さんだったら、リアルすぎ、怖すぎて
とても見ていられないかもしれない。
それを見せてしまうのは、何といっても仁左さんの愛嬌と品のある色気だ。
あのすらりとした様子の良さ。頬かむりの中の憂い顔。
悪いやつだと分っていても、見惚れずにはいられない。

本来この役は、実年齢に近い役者が演じるべきと言われるそうだが、
仁左衛門さんが見せたのは、生の若さではなく、
経験を積んだうえで、純粋なエッセンスとして抽出された若さ。
2007年2月の「仮名手本忠臣蔵」七段目で見た玉三郎さんのおかるが、
若い時よりも、もっと可愛らしく若くて感動した時もそう思った。
これが芸の力ということなのだろうか。

そしてまた、重要な相手役であるお吉を演じたのは、実子の孝太郎さん。
父である仁左衛門さんが若者の役で、子である孝太郎さんが年上の女を
演じるというのは、老若男女を演じ分ける歌舞伎ならではのこと。
こちらもすっかり手に入って、分別もあり情もあり、健気な女房ぶり。
小さな子を持つ母親としてのあたたかみもあって、上々吉のお吉。

豊島屋油店での殺しのクライマックスは、いつ見ても固唾を飲む。
「不義になって貸してくだされ」と迫ってもはねつけられ、
ついに殺害に及ぶ与兵衛の暗い狂気。
切りつけられ、逃げまどい、命乞いをするお吉の哀れ。
声の良い役者さんなので、その叫びも胸に迫る。
売り物の油がこぼれてすべる中、両者ともに動いてはずるりと滑る迫力。
これは実際の油ではなく、ふのりだというが、
リアルでありながら様式を感じるシンメトリーな動き。
だんだんと男が目的よりも、行為そのものに興奮してゆくのを感じる。
ぬらぬらとした液にまみれ、くんずほぐれずからみあう二人。
解けてゆく帯、のしかかる男、のけぞる女。
これはまぎれもなく性的なイメージ。
しかし決めの刃物をふりあげた男と、海老反りの女のポーズは見事。
よくぞこんな場を洗練された絵に出来たなと思う。

ついに彼女を刺し殺したあと、手から刃物が離れぬほど
がくがくと震えるのをようよう抑え、金を奪い、
すべらぬようにほどけた女の帯を土間に敷いて、
それを橋のようによろけながら渡って行く、一つ一つの動きの確かさ。
きっと見向いて、花道を揚幕まで駆け込む最後まで、
息をするのも忘れて見つめていた。
本当に端正にしてすごい、一世一代とうたうにふさわしい与兵衛だった。
本日が最後の見納めということもあり、場内は万雷の拍手!

揚幕がチャリっと開いて、その姿が中に消えてしまってからも、
拍手はいつまでもいつまでも鳴りやまなかった。
これで最後という思いが、皆の手を動かし続けたのだろう。
そのうち、それは拍手というより、手拍子になっていった。
え?これはまさかカーテンコールを求めている?
歌舞伎に通常カーテンコールはない。それは分かっているのだけれど、
千穐楽ゆえに、もしかしたらという思いも湧いてきた。
でもお芝居がお芝居だけに、これは無いものねだり。
ここに与兵衛が帰ってきたら、それこそぶちこわしというものだろう。
熱気におされたのか、一度閉った幕がもう一度ひかれたが、
そこには殺されたお吉がころがっているだけで、
ああ、これは無理だと確信してまもなく、
場内放送は昼の部が終わったことを告げ、
立ち去りがたい思いを胸に、歌舞伎座をあとにした。
この日の舞台は、きっと伝説となるだろうと思いながら。

余談ながら、だいぶ昔に歌舞伎の本舞台ではなく、
実験的な「油地獄」を見た気がするなあと思って調べてみたら、
私が見ていたのは七代目嵐徳三郎丈が「実験歌舞伎」として与兵衛を演じた
『女殺油地獄』だった。(1982年1月 サンシャシン劇場)。
お吉役の女優さんは記憶にないが、自身も女形としてお吉を好演していた
徳三郎さんの与兵衛は、とても印象深かった覚えがある。
また、近年では前進座の嵐広也さんも与兵衛を演じたとか。
TVの土曜時代劇『陽炎の辻2』で尾口を熱演していた広也さんの与兵衛も、
いつか見てみたい。
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