(東京補選が終わって、小池騒動が続く中、知事選が近づきます。小池氏の動向があるにしても、候補がいなけりゃ選挙になりません。さあ、どうするかの話です) 小池百合子に対抗する都知事候補、誰が良いのか。だいぶ考えました。ついにこれ以上のない候補が
学歴詐称の話ではありません。誰も指摘しなかった話しです。 小池百合子が初挑戦した知事選の時です。オリンピック前、8年前の選挙ですね。あの時なんですが、街頭演説の並びの様子がどうも変だ、と感じたのですね。体が、ムズムズ「変だな、変だな、なん
宇多田ヒカルの歌声は「ゆれ」ている。いつも「ゆれ」ている。そう大きくはない。かすかだけど、コーラスのように「ゆれ」て鳴っている。 図解してみようか。ヒカルは、自分の歌声のバックにいつも自分コーラスの「ゆれ」をつけている。そのバックの「ゆれ
○2008年12月15日/・16日の日記再掲 ぼくがはじめて寺島町に行ったのは、中学2年生の時だった。 都電・向島線、寺島町。駅ホームはまわりを大きな枕木で囲われていて、錆びた番線が張ってあった。浅草からほんの数駅なのにうらぶれたまるで地方の駅だった
藤圭子は、ひとりになった。どうして、なぜ。それはそう自分で決めたからだ。「もういいよ、あたしを放って置いて」 家を出て、この日から5年間ほど消息不明になる。藤圭子はこの時、一般人だったということもあるのかもしれないし、宇多田氏の情報操作の
○2008年12月25日日記再掲載 えーとね、ある都道府県の知事の、小池さんと言ったかな、その方の嘘が連日のニュースですね。 しかしですねぇ、どうしてこうへっちゃらけの人達がヒキもキラないのか。その秘密は日本人のある体質に根差しているのではないか、
「バーンと弾くでしょ、この5弦、開放弦だからねずっと響いててね、いいんだ」などとエド山口は言う。いいこと言うなあ。 開放された弦の音はよく響くんだ。ボーン。だから開放で生きて行こうよ。そう思うのだけど、なかなかそうはいかないもんだよね。 宇
「えー、昔のことよくおぼえているねぇ」と、まあ、言われ続けて生きてきたんだけど、たまげた人に出会った。エド山口、モト冬樹のお兄さんですね。「まー、よくおぼえている」 なにをおぼえているかと言えば、くだらないことをおぼえている。それが、えらい
○2008年10月05日の日記再掲載「お嬢、きょうはどうだい」「錦兄ぃー、あーもう、きょうも来てくれたの。 いいのに、いいのに、あたしのことなんか」「具合は少しづつ、少しづつ、よくなってる気がするわ」「そうかい。俺もヒマだから、ちょうどいいのさ」
「スタート社」が旧ジャニーズ事務所から同社に移籍したタレント、全13組72名が出演するコンサートを東京ドームで開いた。これが「スタート社」の初仕事で、さあ行くぞというばかりの賑々しさを見せながら開演したそうだ。外にはずい分、人が並んでいた。「こ
「ママ大好き、ママこわい。お父さん大好き、お父さん嘘つき」 ヒカルが6歳頃の言葉とされている。この言葉が、不思議にこの家族の未来を教えているようで、思わず黯然として重いため息をつくような気にさせる。 ママはこわいかい、お父さんは嘘つきかい。
なかにし礼を調べていたら、え、え、えッ、あの「シバの女王」はなかにし礼の作詞なんだと見つけました。で、聴いてみるとスゴイわ、日常性なんてホイと飛び越えているし、日本語の境界をギリギリ超えている。と言っても一行なんだけど、この一行が(良い意
○2009年11月25日の日記再掲載 歌い出しは女性としては低い声だ。 大地に伝わるかすかな音のように響いている。 そうして高い声に転調する。すると、その高く伸ばした声は天に放った矢がやがて自分に向うように、彼女の胸を目指して飛んでくる。 さくっ、
久々ですけどね、すごい発言をやってくれました。東山紀之のボケナス・トークです。相手はまたもBBCです。「あの人たちにも、言論の自由もありますから」「私たちには訴える権限はありませんから」 うわっ、目が潰れるようなヒドさ。頭の中をカパッと開け
わたくし、ソーリの親戚ではありません。すれ違ったこともありません。ホントは藤圭子を書かなければいけません。こちらの方が大事です。で、あわてています。それでいながらソーリの本気に1月31日「シェーンは破れたのか」 コメントでフミオ岸田が激
「不適切にもほどがある」が終わりました。 最終回の数日前に、自民党、二階氏の「お前にも歳はくるんだよォ、バカヤロー」発言が飛び出して、昭和の不適切パワーが見事に再現され、「む、む、こういうものか」となりました。(それに不適切のおかしみも出て
○2010年04月5日の日記再掲載 12歳の少年を前に乃木希典は一冊の本をかかげ、涙ながらに講述している。 やがて希典の講述は終わった、このとき12歳の皇儲(こうちょ)の少年は、不審げに首をかしげた。「院長閣下は」「あなたは、どこかへ、行ってしまうの
大谷の大谷自身による声明発表がロスで行われた。 いいよ、なかなかいい。立派だったし、小気味のいい話だったね。引いて言えばだけどね、一平が「どうして口座にアクセスできたのか」という疑問に何も答えていないこと、それだけだ。 ここのところはこれ
藤圭子は、幸福の裏側の孤独に手を伸ばしてしまった。 ことはひょんなことからだった。藤圭子は「あたしの歌を好きな人のために歌っていこう、これからはそうしよう」と決めていた。それは97年、八代亜紀と行った「ビッグショー」での手応えからはじまるの
○2009年01月01日の日記再掲載 天才はいつまで天才でいられるのか。 永遠に天才でいられるわけではない。それなのに天才がとうに我が身を離れたのを気づかず、「らしく」振る舞う姿を見かければ、そいつには思わず目を逸らすしかない。 森進一、この戦後歌
プーチンは、なぜ戦争の道を選んだのか。そこにはいくつかの段階を踏んでいる。思い起こせばなかなか筋書きくっきりです。 プーチンはエリツインから権力をもらった。その時のロシアはガタガタの経済の中でひどい状態だった。次々と自治区は独立し、軍隊は
パチン、パチン。植木鋏の音は胸の奥で密かに響き返します。人というのはどうにも過去を思い切れない生き物だ。その断ち切れない過去を一気に切るように響く音。 パチン、パチン。 黒澤明の名作「用心棒」の冒頭では、椿の花がパチンと切られ水に落ち流れ
ソーリは本気なのか。 本気なんだと思いますよ。すっかり本気。前回、こころは高倉健と書きましたが、そこのところの動機を含め本気なのです。でね、永田町の遅れてきた高倉さんは右手のドスと法の狭間で「行ったり来たり」しているのです。やり方に戸惑っ
○2010年8月10日の日記加筆修正 アヘンを吸うと、どうなっちまうのか。わからないよね。これをある種、ご気楽に、日常の中の軽い体操のように経験した人がいます。 特に悪意もなく普通の若者がのんびりした国に出かけ、のんびりした生活の中で気楽に一服つ
「きみ、きみ、千里眼はどうなんだね」「いやぁ、あのー、ぼくはクルマの免許は眼鏡使用ですけど、千里眼の方はまだで」「まだかあ、まあ仕方ないよな、なくて普通、普通だから気にするな」 えーと、ぼくは、いまから「閃き」の話をします。それも文章の「閃
○2011年10月19日の日記再掲載時には〜 母のない子のよう〜にだまって 海をみつめていた〜い ぼくらの年になればほとんどが「母のない子」なのだが、それにしてもこの詩の哀切ぶりには思いのほか泣かされるね。グビッと胸の奥に忍び込んでくる。 カルメン
ヒカルの歌を聴いて藤圭子の歌は変わった。どんな思考回路のなかで変わっていったのか。それを、ヒカルに言ったことから逆算すれば「自分には演歌のナマリがあり、それをとると自分でなくなる」と自覚したことからはじまります。 同時にヒカルには、「小節
テレビ局の公開番組のシーンで、純子がやってくれる。すごいよ、タンカだよ。「なんだよ、オメェら」「これじゃあ、サラシ者じゃねぇか」「この世で、親父を馬鹿っにできるのは、娘のあたしだけなんだよぉ」 いやあもうたまりません。「不適切にもほどが
『ひ弱いフミオ岸田は、ひ弱さ故に、最後に捨身の激プレーに出そうな気がして仕方ないんだ。分裂解散とか、大量除名クリーンアップとかね。ムズムズ、ムズムズ。』と書きました。実はね、書いてて、これ、かなり自信がありましたよ。
「昭和の芸人たち2」○2006年9月12日の日記再掲載 トニー谷、戦後の芸人の中で、この人ほど書き辛い人はいないのじゃないのかな。とにかく難しい人なのだ。ゲテモノ芸人という言い方でカタをつけようとする人も相当いるが、「よせやい」ひと時代を作った芸人