「岩見沢はとても寒いとこで、雪がもう腰のとこまで積もっていて。寒いけど、わたし、学校に行くのでバス停にいたの」「そしたらダンプが急に止まって、運転手のおじさんが『学校、行くんだろうほら乗ってけぇ』って声かけてくれたの、うれしかったなあ。ダン
「人気がなくなるって、どういうことかなぁ、どうなるのかなぁ」 まだぼくの娘が20代の頃だった。ぼくに聴く。TVでは人気に影が生じたタレントの奇行を伝えている。 ぼくは長年の仕事のせいで、質問には即答する。野球選手がボールを投げ返すように、すぐキ
藤圭子はたくさんの原稿や記事が書かれていて、中には暴露受けを狙った物さえ出ているようだ。 ぼくは知られていない藤圭子の個性を描こうと努めている。うまく書けるかわからない。けれどごくごく簡単な言い方をさせてもらえば、ぼくは歌手、藤圭子が大好
まだ夏のはじまりの明け方、六本木の明治屋の前をタクシーがゆっくりゆっくりと走ってきて、ちょうどぼくの前で止まった。 両側のドアが開き、ふたりの女性が駆け降り、真ん中の女性を両側から抱き抱えるようにして、連れ出し歩き出す。ふたりの女性は、倒
◯2007年2月6日、日記再掲載 六本木でいちばんおいしいイタリアンでみんなで食事をしていた。この時、突如、ハゲます会が開かれることになった。 あ、ところで、このイタリアン、和風イタリアンで絶妙なんだね。お昼に来た人を連れていくと「ほ、ほー、おい
「海峡物語」という本の事を調べていた。おぼろげな記憶だが主人公の苗字が立原だったか確かめたかったからだ。検索ですぐに本は見つかり、中に立原という名前を見つけ出すことができた。「なんとかぼくの記憶も真っ当だな」という安堵を得て、少しページを見
ノンフィクション作家の佐野眞一さんの豆腐のように厚い文庫本の「あとがき」を読んでいたら、佐野さんがノンフィクションを書く際の座右の銘としてきた言葉のひとつを紹介されていた。 それは、ヌーベル・バーグの映画理論家でありドキュメンタリー作家で
「龍光先生を膝代りに、主任(トリ)を務(つと)めるのが夢だねぇ。そいつができたら芸人やめてもいいよ」とまで言ってはばからない落語家がいた。さーて、誰だか、想像つかないよ。 膝代りとは、トリの前に出て客席をほどよくあたためて、そう長くも務めず
◯2006年12月4日の日記再掲載 楽屋に入ると、やにはにズボンを脱いでステテコ姿、商売物のバイスクル(世界のカジノ指定のトランプ)を取り出し、スタ、スタ、スタと切りはじめる、そして「じゃぁ、はじめかっ」 と必ず口を切るのは、アダチ龍光先生。 な
「2001年宇宙の旅」を憧れる人たちは、2つの派にわかれます。 技法派と主題派です。 これは、ある種、人の意識の傾向というかこだわりの違いを表していて、実に面白い。あいつは理科系、おれ文化系というような、性質・性格の差。はたまたこだわりの違いで
これには、入所の経緯(いきさつ)から論を進めるのがをいちばん正しいと思います。 ジャニーズ事務所に入所する少年の多くは、どうやってどこから来るのか。実は、お母さんに連れらてやってくる子がほとんど。かつては間違いなくそうでした。 ジャニーズ
◯ヌーベルバーグとヤクザが続きました。そこで今度は、ヌーベルバーグとヤクザがひとつになったもの「乾いた花」です。 ヌーベルバーグは「死刑台のエレベーター」を代表作としてはじまり「勝手にしゃがれ」でピークを迎えます。では最高のヌーベルバーグ映
◯2007年1月19日の日記、再掲載「おい、これを試していけ」 渋谷のガード下で、1挺のピストルを手渡された。ガードの上を電車が通過するのを待って、引き金を弾いた。カチッと音がしただけで、なにも反応はなかった。ピストルは、ただの鉄の眠いカタマリにす
シュッ、シュッ、シュッ。 シュッ、シュッ、シュッ。 公園でシャドー・ボクシングをしている。繰り出すパンチの先には誰もいない。シャドーだからね。けれど大量の汗がほとばしるほど拳を繰り出し続けると、本人だけにはどうやら相手が見えてくるらしい。
世の中には、力を持っちゃいけない人がいるんですね。持っちゃいけない人が力を持つと一時は良いが、やがてボケツを掘る、掘って正体があらわになった時に謝らないからね、この手の人たち。 古くはチャウシェスクとかいましたね、怖い顔して怒鳴っていまし
「あー、心地いい響きだなあ」。 顔を上げてテレビを見ると番組は「金スマ」で、歌い手は大黒摩季だった。あの男らしい、女がいた。 どちらにしろ、そう縁の深いものではないのだけど、響きのよさはこれはちょっとしたもので、ひと息、聴けばすぐにそれは伝
月の光は音楽になるのか。なるさ。さあ、この音を聞いてくれ。「死刑台のエレベーター」の画が動き、音楽が流れ出すと、少し月の光が輝きだした気がするのだ。「トランペットって、こんなになめらかだったのか」。いや、これは本当に音なのか。それは、音で
◯2006年11月06日の日記再掲載 戦前からの東京のやくざの姿が活写されています。なにひとつ脚色のないありのままの姿です。場所は環6の難工事が行われた大橋。それも、中西ジュリーさんの事務所のぴったり真下あたり、訪問した時に世の中の縁におどろきまし
「姉さん、少し長生きができなくなったよ」「そうかい、そんなこともあるさ」 女の言葉を聴き、クルッと振り返る男に「来週まで生きていたら、少し望みを叶えてあげるよ」と言葉が飛ぶ。「グリスビーのブルース」は、男というのは少しばかり長生きができなく
句会の話です。いっとき句会が大変に流行った時がありました。だいぶ前ですよね。もうあちこち。その中で、変哲(小澤昭一)師とか、吉行和子、冨士真奈美の2大女流なども登場、いまもよろしく続いたりしているのもあるのです。「あたしらも句会をはじめま
あきれるほど直球のタイトルです。 どうしてそんなに直球かと言えば、ぼくがこの曲を聴いたときの衝撃をそのまま伝えたかったから。あたらしくて、サスペンスで、何かこうカラダ中をウズウズさせて、聴いた途端にシューン、そのまま遠くの世界に連れて行っ
◯2008年1月13日のコメント再掲載:ジャズマンと薬についての分析がよく書けていると思うので再掲載しました。「ラウンド・ミッドナイト 2」と考えてください。頭に「きみ」とあるのは松ちゃんのことで、彼との相談の声からはじまります。おぼえていてくれて
◯2008年1月13日の日記、再掲載 銀座から築地に近いバーだった。名前はおぼえていない。 ママとカウンターをはさんでテーブルが三つくらいの小さな店だった。ドアを開けて左側、カウンターとの間にドラムセットが置いてあった。「へー、どうしてドラムなの
シュンさんのことを書きます。書きたいんだけどむずかしくて、このテーマを選ぶまで二日程かかりました。テーマはノンバーバル。非言語的なものとなります。 えー、「めんどくさそうだな」という声が返ってきそうです。 言語とか論理は本の分野では最も売
◯2006年11月29日の日記再掲/下記コラム必読です。 街の灯りが とてもきれいね 横浜 ブルー・ライト・ヨコハマ〜 ワタナベのおばあちゃんは、いつも世話しなく動いていました。綿のスカートに白い割烹着を着て、朝からセッセと立ち働きます。掃除や洗濯
「よせやい」 本の1ページを足早に通り過ぎようとしたら、オイラの背中に本の中から声をかけるじゃないか。照れ臭そうな声で。「よせやい」という言葉が「よせやい」と。 あー、なんて小気味のいい言葉なんだ。通り過ぎたページの中ほどに、じっと目を止め
色川武大を調べていたら、もうひとりの色川さんが出てきちゃった。 これがねぇ、あまりに遠いし、あまりに遠いのでもしかしたらぐるっと回って近しいのかと思うほどの悩ましい人物です。 その名は鈴々舎馬風、本名、色川清太郎、色さんです。通称は鬼の馬
虹がかかっている。自由が丘から目黒通りに向かう道、なだらかな上り坂の頂点にあたる空に虹は浮いている。けれど道の両側には建物が迫っていて、ビルの壁で両側を切り落とされた虹はちっぽけな八つ切りの姿になっている。虹のかけらになっている。「お前の
いまメジャーでは、突然の魔球の出現にわいているらしい。 それは、大谷の投げる横に大きく曲がるボール。以前のスライダーの倍ほどの曲がり幅があり、切れ込むように曲がっていく。流れるように曲がるのではなく、グィーンと切れ込んでいく。まずそこが新
だいぶ前、まだ母親が生きていた時の話です。「もうダラシがなくてしょうがないんだから」 とか言いながら、うちの母親は、よーく下の言葉を口にしていました。生活に締まりのない女性(ひと)、たとえば午前中ずっと寝ている奥さん、何かとダラシのない奥