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2019年11月03日22:38

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クローバーの追憶

 火葬場で焼き上がりを待つ親類の集まりから、焦れた子どもが一人、二人と脱落し、中庭に降りてゆく。無理もない。よく我慢した方だ。今日一日ずっと、幼い体に漲るエネルギーを抑えつけていたのだ。
 大人たちは、子どもらを制止する気力も残っていないようで、お互いの病状を並べて闘わせてみたり、共通の知人の近況をトレーディングカードのように交換し合ったりしている。
 僕は、もうそれなりの中年なのだが消去法でいけば若手だ。誰に言われたわけでもないが、子どもたちのお目付役を買って出るべく、中庭に降りてゆく。
「何してるのかな?」
 子鹿のようにぴんぴん跳ね回っている年長組からはぐれて、従兄弟の姉ちゃんの下の子一人がしゃがみ込んで何かしてるので声を掛けた。
「四つ葉のクローバーを探してるの」
 中庭、手入れの行き届いた植木が青々茂り、地面は落ち葉少なく丁寧に掃き清められているが、その一角の畳二畳程の面積に、所謂雑草で有るはずの白詰草が、敢えてか知らぬが、群生させてある。
「よし、じゃあお兄ちゃんも一緒に探そうかな」
 何度も言うが、僕はもうそれなりの中年なのだが、子供の頃遊んで貰った叔父さん叔母さんと接したせいか、気が若ぶっていたのだろう。自分のことを「おじさん」ではなく「お兄ちゃん」と詐称してしまった。
 姪っ子はそんな事には気を付きもせず、なんなら僕を半ば無視するように、猿が蚤を漁るように黙々と地べたを摘まんでいる。僕もそれに倣う。暫くすると、跳ねるのに飽きた年長組が、僕らの傍らに並び、阿吽の呼吸で作業を開始した。
 何年振りだろう?四つ葉探しなんて、いや何十年振りだろう?僕は、きっと誰よりも早く四つ葉を見つけてやろうと躍起になって地面を掻き分ける。そうこうしているうちに、汗を拭おうと顔を上げると、畳二畳程度の雑草地帯に、いつの間にか大人たちも寄り集まっていて、大人子供入り交じりの総出で四つ葉を探しているという光景に出くわした。僕は、目の前に叔父さんの禿頭を見つけ、苦笑いを噛み殺し、また作業に戻る。
「あった!あったよ!」
 男の子の中では一番幼い甥っ子が、遂に四つ葉を探し当て、神に選ばれし者のように右腕を高く差し上げて叫ぶ。
「おお」
 どよめく大人たち、大人気なく悔しがる禿頭、皺を縺れさせ祝福をする大叔母。
「あのぉ、そろそろお時間となりますので」
 火葬場の人が、中庭の僕らに話し掛けた。何人かの大人が赤面した。僕も赤くなった。そうしてチラリと、四つ葉のクローバーを嬉しそうに抱える甥っ子を見る。
(この子にとって、今日という日は、どんな思い出になるのだろう)
 骨を拾いに中庭から上がるそれぞれの喪服姿。
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