ドラマのクレジットで、原作が室生犀星、
脚本が渡辺あやさんだと初めて知った。
ああーそうだったのか、と納得。
渡辺あやさんの脚本なら、良いに決まってる。
脚本家デビュー作品の『ジョゼと虎と魚たち』（2003年）も、
それに続く『メゾン・ド・ヒミコ』（2005年）も、
漫画原作の『天然コケッコー』（2007年）も、
私の大好きな映画なのである。
胸に染みるような切なさがあり、
すぐれた作品に不可欠なちくっとする毒もあり、
それらすべてをひっくるめてファンタジーとして成り立つところが素敵なのだ。
ドラマの中では、金魚のような娘が出てくる小説を単行本としてまとめる時、
そのタイトルは『蜜の罠』となっていたけれど、その”蜜”という字を見て、
あ、これは『蜜のあはれ』のことじゃないか、と思い出した。
犀星に、そのタイトルで、金魚の娘と作家が会話するという
シュールな作品があったことは知識として知っていたが、実は未読のまま。
この機会に読んでみよう、とさっそく図書館で借用。
借りて来たのは国書刊行会の日本幻想文学集成（全33巻）の第32巻。
http://www.kokusho.co.jp/series/index.html
明治から現代までの物故作家の中から、
幻想文学の小説家として重要な33人を選び、
その精粋を1人1巻で編集したシリーズで、
矢川澄子編の犀星の巻は、『蜜のあはれ』、『愛魚詩篇』、『寂しき魚界』、
『凍えたる魚』、『七つの魚』など、すべてお魚尽くしの一冊。
上田秋成の『雨月物語』のなかの一つ、
『夢応の鯉魚（むおうのりぎょ）』を基にした『魚になった興義』などもあって、
犀星の魚への執心ぶりをつくづくと感じられるアンソロジー。
ドラマの基となった『火の魚』も収められている。
本の半分以上を占める『蜜のあはれ』（1959年）は、なんとも不思議な作品。
全編、犀星自身を投影したような老作家と、
彼が飼っている金魚との会話のみで成り立っている。
作家を「をぢさま」と呼びかけ、自分のことは「あたい」という金魚の娘は、
あどけないような蓮っ葉なような、
おぼこ娘と娼婦とをないまぜにしたようなイメージ。
池にいるばかりかと思ったら、街にもお出かけするし、平気で車にも乗るし、
言いたい放題でちゃっかりしていて、意外としっかり者でもあるし、
これは作家の妄想なのか、金魚の精を描くファンタジーなのか、
なんだか分らないけれど、少女漫画のように面白く、どんどん読めるのだが、
（内田善美の『草迷宮』をちょっと思い出した）
確信犯的にエロティックな言葉も多くて、かなりどきっとしてしまう。
「あたいね、をぢさまのお腹のうへをちよろちよろ泳いでいつてあげるし、
あんよのふとももの上にも乗つてあげてもいいわ」
なんて調子で延々と睦言めいた会話が続くと、いささか気恥ずかしい。
ある意味、全部老作家の妄想世界ともとれるのだ。
まったくおじさんの妄想ってしょうがないなあ、とも思いつつ、
なんだかさみしい、はかない、うつくしいものがきらきらしているような。
いのちの果ての薄明かり。
見え隠れする女性たちも、実際にはもうこの世のものではない。
何が生きていて何が死んでいるのか分らない世界。
内田百�里世箸�、尾崎翠の作品を連想させられる奇妙な味わいだった。
『火の魚』はごく短い一篇。
小説家が本の表紙を金魚の魚拓にしたいと思いつくこと、
そしてそれを、出版社に勤めている折見とち子に頼むこと、
彼女がその依頼に戸惑い、魚の命を奪うことに罪悪感を感じながらも、
なんとかそれに応えて見事な魚拓を送ってくること、
彼女は手先が器用で、色々なものを自分で作るし、
幻燈の人形芝居をして見せてくれたこと、
以前、病のために手術をしたこと、
そのためにギプスをしていて、あまり頭を下げられないことから、
傲慢なように見えること、
などという、ドラマの基となっていることが書かれている。
でもこの短編では、折見とち子は作家の担当というわけではなく、
二人の関わりは、単に知り合いという程度で、それほど密接ではないようだ。
彼女が取って郵送してくれた魚拓を”書物の係の記者”に送ると、
彼は訪ねて来て、その出来を讃嘆したあと、
「あなたは妙なことを考へる人だ。
さらに折見とち子といふ女の人はさらに妙な人ではないか」と言い、
”私はこれで宜（よ）かった、と思った。”
という一行であっさりと終わっている。
この短編の肝は、金魚の魚拓という奇抜な発想と、
それを託された折見とち子の逡巡、煩悶の心情を書いた手紙の部分。
ある種、素材を放り出したようなこの話を、
詩情を感じさせる密度の濃いドラマに仕立てあげたのは、
やはり脚本の力が大きい。
渡辺あやさんのシナリオは、
「月刊ドラマ」（映人社）の、2010年3月号に載っている。
http://eijinsha.weblogs.jp/index/
p.24の『火の魚』作者ノートには、
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年も立場も違う男女の「格闘技」のつもりで、この物語を書きました。
村田と折見の間にぱちぱちと散る火花はしかし火花だけあって、
ふたりを最後まであかるく照らし、あつく熱し続けます。
そして同じものが、このドラマを一緒につくった
すべての仲間同士の間にもまたたいていたのだと思います。
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とあるけれど、確かにこのふたりのやりとりは、
”闇をも照らすまぶしい刹那”だったと思う。
この話は現代のこととなっているけれど、
一昔前のような、折り目正しい(ある種浮き世離れした）
折見とち子の言葉遣いがとても好きだ。
村田の部屋で作品をこきおろすところも胸がすくが、
病院での彼女の台詞もまた素晴らしい。
どうしてよいのか分らず、花束をかかえたまま途方にくれている村田に、
「先生がそんな大きな花束を持ってかれこれ2時間も座っておられるせいで、
病院中の女が色めきたっております」
と後ろから声をかけるところの、彼女の健気さ。
花束を受け取って、
「…先生、私、今モテている気分でございます」
「あながち気のせいでもないぞ」という村田も可愛い。
これぞ渡辺あやワールド。
ただこれだけの二人の別れが清々しく、愛おしかった。
*写真は左から順に
・日本幻想文学集成32/室生犀星『蜜のあはれ』
・『火の魚』初版本
・月刊ドラマ（2010年3月号）
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