”表現することに美学をもっている「現代の男前」が
語り継がれる美意識を生みだした「伝説の男前」を語る濃密な30分。
いまを生きる表現者が、我が道を貫いた表現者と向き合ったとき
どんな刺激を受け、どう変わっていくのか”
http://www.nhk.or.jp/artbs/program/index3.html
こういうコンセプトで10月から始まったNHK BSの『男前列伝』。
初回はARATAさん、二回目は耕史くんという実に私好みのラインアップ。
http://www.nhk.or.jp/artbs/program/index3_archive.html
とりあげる絵師も人形師も興味深く、とても楽しみにしていた。
もっとも我が家はBSが見られないので、友人の録画待ち。
（いつもお世話をかけてすみません）
火曜日に無事手元に届き、さっそく二回分を続けざまに見た。
#001（10月2日） 曾我蕭白（絵師）×ARATA（俳優）
#002（10月16日） 松本喜三郎（生人形師）×山本耕史（俳優）
まずはARATAさん。
彼は江戸時代の美術が好きで、葛飾北斎や歌川国芳に惹かれると
展覧会『隅田川』の音声ガイド中の対談でも語っていたけれど、
まずは辻惟雄（つじ のぶお）先生と鎌倉で対談しているのを見て、
ああ、やっぱり辻先生の『奇想の系譜』を読まれていたのか、と思った。
http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480088772/
もともとは美術出版社から1970年に出版され、
岩佐又兵衛、狩野山雪、伊藤若冲、曾我蕭白、長沢芦雪、歌川国芳という、
前衛的かつ幻想的な作風の絵師六人を世に知らしめた名著。
昨今のブームのはるかな先駆けとなったことは間違いない。
奇怪な仙人たちや童子たちが色鮮やかに描かれた『群仙図屏風』は、
一昨年の東京国立博物館特別展「対決−巨匠たちの日本美術」
[平成館 2008年7月8日(火)〜8月17日(日)]で私も目にしたけれど、
その異様と迫力に、目が釘付けになったものだ。
http://www.tnm.go.jp/jp/servlet/Con?pageId=B01&processId=01&event_id=5315
モデルとしてデビューし、俳優としての道も歩む一方で、自らデザインも手掛け、
日本各地を旅して風景を写し、写真集まで出すような独自の美学を持つARATAさんが、
蕭白の圧倒的な世界にのめりこむのは、分るような気がする。
京で生まれた蕭白は17歳にして保護者を失って孤児となり、
流れて行った伊勢にはあちこちに作品が残されている。
それを追って旅をするARATAさん。
三重県鈴鹿市安養寺の『達磨図』、
松阪市朝田寺の大きな一対の『唐獅子図』、
松阪市岡寺山継松寺の『雪山童子図』、
そして六曲一双の大作『群仙図屏風』を見にはるばる仙台市博物館へ。
最後は京都の興聖寺にある曾我家のお墓にも詣でる。
鎌倉、鈴鹿、松阪、仙台、京都、と時間と労を惜しまず、
蕭白と一体化したように作品を辿ってゆくのも良かったけれど、
何より感心したのは、非常にスタイリッシュで気合いの入った構成・演出。
冒頭、立体交差の歩道橋の上に能面を持って立つARATAさんと人の流れを、
俯瞰のスローモーションで捉えた構図から始まり、
最後は水のほとりでその面を顔に付けて立つところまで、なんとも凝った映像。
彼の手にしていた面は「中将」。
五位中将であった在原業平をモデルにして創られたと言われる若い男の面で、
貴族や平家の公達（きんだち）の霊の役などに用いられ、
「負け修羅」の面とも言われるそうな。
ところどころで流れるエリック・サティ作曲『Gnossiennes』（グノシエンヌ）
第1番の謎めいたメロディーに幻惑させられる。
各地の日本的でうつくしい風景もたいそう印象的。
辻先生とお話していたのは、北鎌倉・東慶寺の石段下左手奥にある珈琲店「吉野」。
私も何度も訪れた雰囲気のある店の内外を、なつかしく眺めた。
伊勢に向かう電車で、ARATAさんを手前に車窓いっぱいに外の青空を捉えたカットは、
まるでそれ自体がひとつの絵のよう。
白砂青松とはまさにこのこと、と思わせてくれるような海岸。
朝田寺で『唐獅子図』と対面して思わず「すげえな」と漏らしたあと、
放心したかのように縁側に座って外を見ている後ろ姿。
ARATAさんが本当に作品に吸い寄せられ、前のめりになっているのが良く分る。
「僕は蕭白に嫉妬する。表現者として。男として」
お墓参りでは、「飲んでください」伊勢の地酒をお墓にかけ、自らもラッパ飲み。
一対一のさしで飲みたかったんだなあ。
彼の思い入れの強さがひしひしと伝わってくる。
本当に濃密でぎゅっと大事なものが詰まった時間だった。
で、お次の耕史くん。
冒頭、熊本城をバックに歩く姿に、それだけで心ときめく。
なにしろ生身の彼の動く映像を見るのは、かなり久しぶりなのだ。
と、「俳優・山本耕史さん。
しなやかな身のこなしと美しい表情で人々を魅了します。
クールなビジネスマンから熱き幕末の武士まで、
どんな役も自在にこなすその演技力は、高い評価を受けています。
山本さんがいつも胸に抱き続けているもの、
それは本当に観客の心をつかむ演技とはどういうものなのか、ということです」
という、森田美由紀アナの語りが流れる。
あれ？語りというか説明はアナウンサーがやるのか。
それにしても俳優紹介をするのだったら、せっかくNHKなのだから、
一瞬でも土方映像くらい流すべきではないのだろうか。
歩いてゆく彼の横顔にこのナレーションをかぶせるだけとは、
あんまりあっさりしすぎでは。手抜きされてる気になる。
それこそさまざまな役で、まったく別のキャラクターに命を吹き込んでいることは、
舞台やドラマのスチール写真を数秒ずつ見せるだけでもインパクトがあるのに。
ARATAさんのプロフィール紹介では、ちゃんとモデル時代の写真や、
土曜ドラマ『チェイス』の映像も流れたのに。
こちらとしては最初からちょっと肩すかしをくらった気分だったけれど、
彼は暑い暑い夏の熊本を歩き、健軍町行きの市電に乗り、
まずは松木喜三郎の傑作「谷汲（たにくみ）観音像」のある浄國寺へ。
この観音像のなまめかしさは圧巻だった。
綺麗な弧を描く眉。まつ毛に縁取られた切れ長の眼。
小さく開いた口元から白い歯が覗き、
ふっくらした手の人差し指が何かを指し示す。
「想像してるのと全然違いましたね」と感嘆する耕史くん。
バックに流れる『アヴェ・マリア』のイメージのような慈母というより、
艶やかにひとを魅了するファム・ファタール（運命の女）とも思えるような。
私はついつい、鏡花のヒロインを連想してしまった。
鏡花にはそのものずばり、
『活人形（いきにんぎょう）』というタイトルの作品があるし、
他にも人形が出てくる話がたくさんある。
ここで幕末から明治にかけて一世を風靡した「生人形」の人形芝居の説明。
そういう説明は森田アナなので、耕史くんのほうは完全にお留守になってしまう。
彼が宇土市の「うと地蔵まつり」に出かけ、
地域の伝統である「つくりもん」の人形を眺めても、
喜三郎の作品である見事な木馬（きんま）や兎前立の説明は森田アナ。
子孫である松本家を訪ね、リアルな「蟹」を持たせてもらうところの、
「怖いな」というリアクションは可愛くて良いけれど、
喜三郎は人間観察を熱心にし、細かな寸法の記録をしていたという説明や、
ワシントンのスミソニアン博物館所蔵の、リアルな「貴族男子象」、
熊本博物館の「斎藤実盛象」などの説明はすべて森田アナなので、
どうも彼は喜三郎をたどる主役というより、
教育番組のところどころにちょっと花を添えるゲストといった趣なのだ。
語りもすべて自分でこなし、蕭白に対して前のめりになっているARATAさんが
強く印象付けられた前回と比べ、このバランスはちょっと半端に見えてしまう。
彼が語りのすべてを担当してはいけないわけでもあったのだろうか。
そのほうが良かったのに。
「見ているひとたちがいつの間にか引きこまれる、そんな芝居がしたい。
ひとは、何に引きつけられるのか、何に夢中になるのか。…
…つくりものの人形でひとのこころを掴んだ、その秘密が知りたい」
という動機づけで始まった松本喜三郎への旅。
人形作りも芝居も、手本は現実に生きているひとでしかない。
それをどう取り込み、そのなかの心まで表現するのか。
「心だけあっても、その心を表現できる技術がないと、
やっぱり駄目だと思うんですよね。
で、技術だけあっても、その内側にある心がなければ、
結局何もひとを感動させることはできない。
やっぱり感動を生むとか、人の目を惹きつけるっていうのは、
技術の先に心があって、そこまで表現しているから、
人と違うものが見せれたりってことだと思うんですよね」
耕史くんの舞台に接して、何度も震えるほどの感動を味わった私には、
彼が最後にこう語っているのがよく分る気がするけれど、
そうでないひとには、何を言わんとしているのかぴんとこないかもしれない。
公演前のインタビューで語っている言葉などは、最初抽象的とも思えるのだが、
舞台を見れば一目瞭然で、なるほど！と腑に落ちるのだ。
彼がいかに舞台のうえで役を生き、役に魂を吹き込むのか。
あの素晴らしいヘドウィグやドリアン、ジェイミーなどの姿を、
すこしでもいいから画面でも見せて欲しかった。
芝居との関連で結びつけようとしたわりには、
彼の芝居について何一つ描いてくれなかった思いがぬぐえないので、
「さあ、次はどんな役と出逢うのか
街へ出よう 人々の中へ
次の出逢いがまた僕を大きくしてくれるはずだ」
という最後の格好いい言葉も、ややとってつけたような印象を受けてしまう。
やっぱり番組というのは、構成と演出こそが肝なのだなあとつくづく思う。
自分が見るまで、友人たちの感想も見ないようにしていたのだが、
見た後で目を通してみると、だいたい皆同じような感想。
ナレーションが彼だけではなく、半分は女性アナであること、
また、彼のプロフィール映像がなかったことへの不満は大きい。
もちろん久しぶりの映像だし、良い顔をしていたし、
バンドネオンの音楽で始まって、バンドネオンで終わる構成の最後に、
雑踏に消えてゆく全身のバックショットは素敵だったのだが、
いかんせん前のARATAさんの回があまりに良くて、
同レベルを期待してしまったのだ。
「同じスタッフなのにどうして同じように出来ないんだろう」
と友人の一人は言ったけれど、いえいえ、同じじゃないです。
エンディングロールを見ると、制作統括やスチール写真、映像デザインなどは
シリーズを通して一貫しているようだが、
撮影、音声、編集などは回ごとに違っている。
連続ドラマの場合でも、各回の演出によって印象がかなり違うのは周知の通り。
映像に相当の気合いを感じた一回目に対して、二回目はまとめが弱かった。
いくつもの土地を回り、相当日数をかけたと思われるARATAさんに対し、
他の仕事でも忙しい耕史くんは、熊本ロケで精一杯だったのも分るが、
構成の仕方ひとつで、印象はかなり違ってくるものなのに。
松本喜三郎の同じ写真を、ことあるごとに大写しにするのもちょっと芸がない。
素材としては興味深かっただけに、勿体なかったなあと思う。
*ご参考までに、一回目と二回目のエンディングロールに出てくる
スタッフ名を記しておきます。
#001
撮影 成田伸二
音声 福田広幸
映像技術 黒木禎二
音響効果 金田智子
編集 村上幸太郎
取材 大沼弘子
ディレクター 田島櫻子
プロデューサー 大伴直子
制作協力 テレコムスタッフ
#002
撮影 手島透
照明 工藤和雄
音声 大矢賢司
音響効果 井田栄司
編集 伊藤みちえ
ディレクター 増田信示
プロデューサー 高橋亘
制作協力 美術映像プロジェクツ
#001と#002両方共通のスタッフ
スチール撮影 田村尚子
映像デザイン 宮嶋勇樹
制作統括 倉森京子
菅原直
制作 NHKエデュケーショナル
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