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2010年10月07日00:45

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映画『悪人』

9月22日、日比谷みゆき座にて鑑賞。
http://www.akunin.jp/

原作は、朝日新聞連載中欠かさず読んでいた(2006年3月〜2007年1月)。
挿絵の束芋さんの、独特の奇妙なねじれと毒を持った、
渋い色合いながら目が釘付けになるようなイラストとともに、
痛ましい若者の姿がひしひしと迫ってきて、
物狂おしくかき乱された思いは鮮明に残っている。
ちなみにこれは夕刊連載だったが、
ほぼ同時期の朝刊連載の方はは桐野夏生の『メタボラ』で、
こちらも社会から疎外され、どこにも行けない現代社会の若者の
いたたまれなさが突きつけられ、朝夕ともに心がざわめく毎日だった。

原作では主人公の祐一をめぐる人々の、
それぞれの意識での一人語りで進んでゆくので、
いろんな人物の想念が迫ってくるような混沌とした印象だったけれど、
そのなかで祐一のみは、一人称で語ることはない。
彼を炙りだすのは、他人の視線と感情なのだ。
でもそこに描き出された彼の姿、
幼くして実母に捨てられ、
祖母と祖父に育てられながら何の希望も見出せず、
愛を求めながら愛しかたが分らず、
怒濤のように相手に向かってゆくしかない彼の心情が、
痛いほど分る気がしてあまりの哀れに胸が痛んだ。
その後読み返していないけれど、その感覚は強烈に焼き付いている。

と、まあこのように原作に思い入れが強いと、
どうしても映像化には辛口になりがち。
自分のふくらませたイメージとの違和を感じないわけにはいかないし、
あの痛ましい結末を目で見ることにためらいも覚えたのだが、
さみしい二人の道行の最後となる燈台の場面だけは見ておきたかった。
なにしろこの映画の美術監督は、あの種田陽平氏なのだから。
そしてその場面、もうほかにゆくあてもない二人の城となるこの燈台の、
さびれた風情はどこか異国の島のようにも思え、胸に染みるように美しかった。
世俗的なものがすべて削ぎ落され、
どんどん素のうつくしさがにじみ出てくる光代(深津絵里)の表情と、
彼女の足を温め、実直に守ろうとする祐一の姿。
それが見られただけでも良かったのかもしれない。
あの場の二人は、もうこの世ではないところにいるような気がした。

ただ、全体的にはやはり説明不足の物足りなさも。
原作では祐一が付き合ったもう一人のファッションヘルス嬢が居て、
彼女の語りから、祐一の一途さがよく分るのだが、
映画はある程度枝葉を刈り込み、分りやすくするのが定番とはいえ、
もう少し彼の人となりを描くエピソードが欲しかったような気もする。
母親への金せびりにしても、彼があえて自分を悪役として、
そうすることで母親の罪の意識を薄めさせようとしていることは、
行間を読めばよく分るのだ。

彼は相手のために、無意識にそれをやっているのだろう。
警官たちがまさに踏みこんでこようという時に、光代の首に手をかけるのは、
彼女を”被害者”の立場にするため、自ら泥を被ったのではないか。
「あのひとはやっぱり悪人なんですよね?」
と最後に問いかける光代の台詞は、だからこそ哀しいのだ。
彼は決して自分を弁護せず、胸の内を語ることはないのだろうから。

土木現場で働く彼が、黙々と家屋の解体をすすめるところでは、
その荒涼とした心象風景が重ねられるような気がして生々しかったし、
祐一が初めての給料で買ってくれたと言って、
こよなく大事そうに扱っていた祖母のスカーフが、
被害者の殺害現場に、捧げ物のように揺れている最後の場面などは、
映像ならではのインパクトがあって心に残った。

個々の役者評。
役者としても”よい人”というレッテルを貼られてしまいがちな
妻夫木くんがこの役をやりたかったのは分るような気がする。
生きることに不器用な祐一を、笑顔を封印してよく演じたと思う。
にこりともしなかったという点では共通しているものの、
『春の雪』の華族青年などはまったく似合っていなかったけれど、
彼はやっぱり市井の普通の若者が良い。(一番は『ジョゼ〜』)

深津さんの光代は、その生真面目な風情がまさにぴったり。
モントリオール映画祭での主演女優賞も納得。
地方の閉塞感、一緒に暮らす男付き合いのある妹への複雑な感情など、
表情だけでむなしさ、さみしさ、戸惑いが手に取るように伝わってきた。

祐一の祖母が加害者の肉親として、
マスコミにもみくちゃになるばかりか、詐欺にあってしまうくだりは、
原作でも本当にいたたまれなくて、目をそむけたくなるほどなのだが、
なんとか見ていられるのは、なんといっても演じているのが
百戦錬磨の樹木希林さんだからこそなのだ。
それは被害者の父役の柄本明さんの飄々とした悲哀感にも通じる。
光石研さんの祐一の大叔父も、いつもながら良い味わい。

殺されてしまう保険セールス嬢・佳乃役の満島ひかりちゃんも、
鼻もちならない大学生・増尾役の岡田将生くんも、
自分勝手で嫌な奴を、ためらいもなく演じきっていて潔いほど。
増尾をとりまく仲間たちのなかで、
唯一まっとうな意識をもっている鶴田役の青年が、
清々しくて印象的だったのだが、その時は役者名が分らず、
あとで永山絢斗くんという、瑛太くんの弟だと分って
ああ、そういえば涼やかな目が似ていると腑に落ちた。
初々しい清潔感が心に残り、一服の清涼剤だった。
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