座頭市 THE LAST

5月29日、公開初日。池袋HUMAXにて鑑賞。
http://www.the-last-1.jp/

初日を待ちわびて、というわけではなかったのだけれど、
29日の池袋割引と土曜日のタイミングがちょうど合ったので、初回を観た。
何故見ようと思ったのか、と問われれば、
香取くんがこういう作品の中でどう存在しているのか見てみたかったから、
ということに尽きる。

座頭市と言えば勝新太郎。
その有名なシリーズは、実は一本も見ていない。
あの勝さんのぎらぎら脂ぎったようなエネルギッシュなイメージは苦手なのだ。
加えて私は、別にアクションや殺陣が大好きというわけでもない。
などと言うと、往年の時代劇ファンから怒られそうでちょっと後ろめたい。
(言い訳ばかりですね）
北野武さんのものはパロディーとして楽しく観たのだが。

映画全体の印象で言えば、絵はとても綺麗。
冒頭、いきなりの竹林での乱闘場面で、
すくすくと画面を縦割りにする緑のなかで出入りを見せているのも際立つ。
縦隊一列の追手たちが、ざっと揃って市のほうへ一歩を踏み出すカットを
スローモーションで見せるなんぞ、まるで舞台のような様式美。
ラスト近くの、雪の白一色の上で見せる殺陣もくっきり。
どの場面もクリアで輪郭がはっきりしているし、
時折見せる俯瞰気味の構図も凝っている。
なんでもない農民や猟師たちの着物の藍色が目に心地よく、
ああ、日本の色は綺麗だなあと素直に思った。
石原さとみ演じる年若い女房・タネの黒と白の衣装、
そこに絡む青い風呂敷包み、
市の首にかけてやる鮮やかな紅い襟巻の、
ちりめんの質感も良い。

ただ、ドラマとしては感情移入出来なかった。
予告編も宣伝もまったく目にしないまま行ったし、
原作の小説も読んだことはないので、どの場面も先入観なしに観たのだが、
話の流れとして、一番最初に配されている乱闘とタネの死という場面が、
あまりにクライマックス的なので、
そのあとの場面はずっと遡った回想なのかとしばらく勘違いしていた。
どうも時間の経緯が不鮮明のせいか、
最初から最後に向けてぐっと盛り上がって行く、というふうに感じられない。

一度は捨てた侠客としての刀を、あまりに非道な悪から村人を守るために、
やむにやまれず抜くことになるという筋立て自体は、
別に詳しい説明がなくとも分り切っていること。
でも本当にあくまで図式的で、悪はむろんのこと村人にも共感出来ない。
市を結局裏切り、捨石にする柳司の苦悩も響いてこない。
斬られた手が飛び、血が流れ、肥たごの小水がぶちまけられても、
何もリアルに感じられなかった。
ただの記号というか、汗臭さや汚れなどは迫ってこないような気がする。

こういう絵空事めいた感じは何だろう、と考えていたら、
ちょっと鈴木清順監督の作品を思い出してしまった。
徹底してスタイリッシュで、色彩にこだわり、
鬼面人を驚かす場面の連続で、
ストーリー展開など意に介さない独特の世界。
そこまであっけらかんと突き抜けているわけではないけれど、
通常の血沸き肉踊るストーリーというよりは、
意図的に感情移入させないようなつくりになっている、という印象。

香取くんの市は、彼の資質通り、純粋で清々しい良いひとに見えた。
年齢設定は実年齢通り、三十ちょっと。若い。
すさんだ感じも饐えた臭いもしない。
汚れた着物を身につけていようとも、顔に血しぶきをあびようとも、
それは拵えにすぎない。アクセサリーのようなもの。
彼を見ていると、今までの市のイメージの凄味やしたたかさではなく、
純粋で無垢な聖性を強く感じた。
不気味さとは別に、日本の文化のなかで連綿と続いてきた盲人伝承の、
俊徳丸、弱法師系列の哀れで純なイメージ。
はなれ瞽女おりんのような哀切さ。
圧倒的に不利な立場であるがゆえの神々しさ。
最後に至るまでうつくしかった。

＜他の役者さん評＞
・石原さとみちゃんは時代劇が似合う。日本髪が合う顔立ちと雰囲気なのだ。
まだ若いのに、こういう役どころに確固たる存在感があって良い。

・倍賞千恵子さんは、いつもながら声がすっきりしてて台詞が際立つ。
ずっと邪険にしていながらも、市との別れ場面は情感あふれてさすが。

・加藤清史郎くんは子役ながら、もう貫録十分。
もしかするとこの映画で一番印象に残る役かも。

・ARATAさんがまたしても悪役！
ほんとに良心のかけらもないような悪の手下だけれど、
すさんだ感じがないからかえってぎょっとするんですね。
刃物みたいに鋭い。色白いなあ。

・寺島進さん、巨悪に乗っ取られる悲運の代貸の二番手を好演。
それにしてもARATAさん演ずる役にやられて絶命するなんて、
『ワンダフルライフ』での二人を微笑ましく見ていた頃、想像もしなかった。

・加藤虎ノ介さん、どこに出てたの？！
村人たちって皆同じように見えるから気付かなかった…

・仲代達矢さんの悪役演技は、舞台ふうでしたね。

・高岡蒼甫くん、こんな役もやるのか。ちょっと意外。

・原田芳雄さんの演技は、いつも飄々と笑いを取るなあ。

・賭場で背中いっぱいの彫り物を見せる勘三郎さん、設け役。

・柳司役の反町さんと、代貸・島地役の岩城滉一さん、
ヅラをかぶると顔の感じがすごく似てる！
役の上で特に関わりはないのに、肉親同士みたいに思えてしまった。