昭和29年（1954年）
N （ナレーション）
「その頃、阿野さんは長編小説の執筆にとりかかっていた」
さかんに書いている阿野（白U首シャツ）の背後から横に回り込むカメラ
万年筆の手を止め、原稿用紙をくしゃくしゃにする阿野
阿野「くっそぉ！」
頭をダンダンと机に打ちつける
背後、台所で息を呑んでいる波子
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・喫茶店
テーブルで珈琲を飲む波子、阿野、遠藤周作の三人
なんとなく静かな阿野（茶のカーディガン、白U首シャツ）
波子「遠藤さーん、うちの雑誌にも連載お願い出来ませんか？」
（茶系のチェック柄ワンピース、白レースへちま襟、茶ベルト）
遠藤「僕？」
阿野（手でさえぎるしぐさ）
「やめとけ。遠藤周作先生はお忙しいから無理だよ」
波子「なんとかお願いします」
遠藤「阿野くんに書かせりゃいいじゃないか」
波子「この人は書く書くって言って書いたためしがないんですもん」
小指をぴっと立てて珈琲を飲んでいる阿野
遠藤「まあ、やってやりたいのは山々だけどさ」
阿野「本気にしなくていいから。
彼女は僕を奮起させたくて、そういうことを言っているだけなのさ」
（諦観したような表情）
波子「もう、何とかしてくださいよ、この男」
（並んで座る阿野に軽く肩をぶつける）
遠藤「まあまあまあ。それよりさ、これから銀座へ繰り出さないか。
波子「これから？」
遠藤「銀巴里だよ。阿野くんも行こうよ、気分転換に」
波子「銀巴里行ってみたいなあー」
阿野「僕は遠慮しとく」
遠藤「シャンソンの面白い歌い手さんが居るんだ」
二人、阿野を見る。反応しない阿野。
阿野「行っといで。先帰ってるわ」
レシートを手に立ち上がる阿野
見つめる波子
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＜文化人じゃない阿野さん＞
・八女家にやってきて、姉妹を誘う波子
政子「文壇バー？」
波子「文化人が夜な夜な集まってお酒飲んでるの」
政子「阿野さんも？」
波子「あのひとは文化人じゃないもの。
三島由紀夫とか、川端康成とか来るらしいの。
お姉ちゃんも良かったら一緒に行ってみない？
たまには外に出た方がいいんじゃないの」
…（後略）…
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＜お留守番の阿野さん＞
・文壇バーの三姉妹
回りの様子をこわごわと眺める政子
落ち着いてグラスを口にする波子
ひたすら手塚治虫の登場を気にしている房子
政子「ねえあんた、こんなところに入り浸ってるの？」
波子「一回だけよ」
政子「阿野さんは平気なの？」
波子「家で留守番してる」
政子「あんたばっかりこんな派手なところに顔出してさあ」
波子「だって来たくないって言うもの」
政子「そばに居て欲しいんじゃないの？」
房子「阿野さん変ってるからいいのよ」
波子「…人に言われたくないんですけど」
政子「なんだか心配」
…（後略）…
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昭和29年（1954年）9月
*洞爺丸遭難事故
青函航路の洞爺丸が、函館を出た直後に台風の暴風により転覆、沈没
死亡者・行方不明者1155人という大事故
昭和30年（1955年）4月
*糸川英夫教授 ペンシルロケットの水平発射実験成功
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アパートの部屋でコップ酒をあおる阿野（アップ）
すでにかなり酔いが回っている（白U首シャツ、ベージュズボン）
阿野「もう〜分らなくなった。
俺は本当に世に出ることが出来るのか！」（前方を指さす）
同じちゃぶ台についている遠藤
台所に立っている波子、振返る
（水色ブラウス、白カーディガン、薄赤色のフレアスカート）
波子（皿を運びながら）「遠藤さん、言ってやって下さいよ〜」
遠藤、阿野のコップに酒を注ぐ
遠藤「俺はお前の書くもの、面白いと思うよ。自信を持てよ。
それにお前は俺と違って、大物作家としての風格がある」
ちらっと横目で見る阿野
注がれた酒をあおる
N 「その年の芥川賞は遠藤周作の『白い人』だった」
註）第33回（1955年上半期）の受賞
サイン会に並ぶ人の行列。サインする遠藤。
握手する女性。「ありがとうございます」
”芥川賞に遠藤周作氏”の見出しの新聞
机に置いたその新聞にダン！と拳を打ちつける阿野（白いランニング姿）
かたかたと回る扇風機
何度も何度も記事を指で打つ阿野、口惜し泣き
外から蝉の声が聞える
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