昭和24年（1949年）
*光クラブ事件（東大生による闇金融起業が法律違反によって警察に検挙された）
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・阿野のアパートを訪ねる波子
（白セーター・チェックのフレアスカート、スモックのような茶色の上着）
「十二号 阿野」の表示のある部屋の入口
波子「阿野さ〜ん、いらっしゃいますかー。
曙出版の八女と申します。
編集長から様子を見てくるようにと言われまして。
…阿野さーん、いらっしゃらないですか」
返事がないので、ドアノブに手をかけ、中に入る
波子「失礼しまーす」
入ってすぐ狭い台所
ガラス戸の向こう、畳の部屋（波子の見た目のカメラ・アイ）
ちゃぶ台の上にころがっているウィスキーの空き瓶
空のどんぶり 灰皿 伏せられた岩波文庫
火鉢に鉄瓶
その脇に倒れている阿野（ラクダシャツ、ベージュズボン）
手は不自然にねじれ、目を剥いている
はっと息を呑む波子
「ひょっとして…死んでます？」
突如ぴくっとして、がばっと起きあがり、
万年筆のキャップを取って、猛然と書き始める阿野
びっくりしてかばんを取り落とす波子
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部屋に散らかった紙くずをゴミ箱に入れている波子
（白セーター、緑チェックフレアスカート）
茶色のカーディガンを羽織って書き続けている阿野
壁にかけられた赤い半纏
阿野、波子が片付ける音が気になる
振り返り、手で止めようとするしぐさ
阿野「頼んでもいないことをしないで貰いたい」
波子「でも、片付いていたほうが仕事がはかどると思って」（屈託なく）
阿野「書くという作業は、そんなに単純なものでは、ない！！」
びくっとする波子
後ろには全集の並ぶ本棚
波子「失礼しました」
ゴミをもとのようにばら撒く
振り返る阿野
阿野「また散らかすことはないんじゃないのか？」
波子「……」
再びゴミを集める波子
見ている阿野
阿野「君は、三日続けてやってきた」
波子「ええ、原稿いただくまでは毎日通うようにと言われてますので」
阿野、うつむいたり、髪をさわったり、落ち着かない様子
阿野「分かって下さい。あなたがいたところで筆が進むわけではない。
むしろ滞るんだ」
波子「では表にいます」（コートとかばんを持つ）
阿野「表に居ると思っただけで筆が止まる」
波子「夕方はまた戻ります。何か食べるものを買ってきましょうか？」
阿野「結構！」（髪を振る）
波子「では買ってきません」
阿野（はたと見つめながら）「そうしてください」
波子「……」
外へ出た波子、上野公園のベンチに腰掛け、
かばんから雑誌を出してぱらぱらとめくる。
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阿野の手アップ。
机に向かって原稿を書いているが、
突然ペンを置き、原稿をくしゃくしゃと丸めて放り投げる
買い物かごを下げて帰ってくる波子
波子「晩ご飯の材料色々買ってきました。良かったらどうぞ」
阿野（ふりむかないまま）「作ってはくれないんですか？」
波子「え？」
阿野（せっせと手を動かし続けながら）
「作ってくれないと僕は食べませんよ」
波子「……」
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ちゃぶ台の上でぐつぐつと煮える鍋
（台所のガスコンロをホースごとひっぱってきている）
楽しげに具を掬う波子を見る阿野（あぐら座り）
阿野「何故君も食べている」
波子「……」（お椀と箸を置く）
ぐつぐつと鍋の音
阿野「食べていきなさい。せっかく作ったんだから」
波子「……」（再びお椀と箸を手にする）
食べる二人
波子「先生の作品、読みましたよ」
阿野「感想は？」
波子「…良かった、ですよ」
阿野「それは感想ではない。挨拶だ」
波子「…読みやすかったですよ」
阿野「それは体験だ」
波子「とにかく、私は好きです」
阿野「そうですか…僕は嫌いです(具をぱくっと口に入れる）
（口に入れたままふがふがと）観念的で、抽象的で、読むに耐えない」
（眉間に縦ジワ、うつむき顔）
波子「ただひとつ言えるのは、あの作品を書いた人の作品を、
もっと読みたいと思ったっていうことです。
だから私はここに来ています」
阿野「プロの作家と素人の違いを教えてあげよう」（まともに見向く）
二作目があるかどうかだ」（具を口に入れる）
人は誰しも、一本は小説を書けるんだ。ふん！」（自嘲するみたいに）
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阿野のアパートに入る波子（茶に白の花柄ワンピース、ヘチマ襟、茶ベルト）
波子「失礼しまーす」
阿野は居ない
壁には紺色の丹前が掛っている
部屋中原稿をまるめた紙屑だらけ
波子、散らかった部屋を片付けながら、机の上の原稿をちらっと見る
原稿を手に取り、読み進む波子
外から帰ってくる阿野
波子、はっと気付くと阿野（白シャツ、ベージュズポン）が後ろに立っている
あわてて原稿を置く波子
波子「お帰りなさーい」
風呂敷包みを置いて、机の前にあぐら座りする阿野
妙に静か
阿野「で？」（波子のほうは見ずに）
波子「何が？」
阿野「感想は？読んだんだろう？」
波子「…ごめんなさい」
阿野「どうでした？」（どこかあきらめたような表情）
波子「…早く先が読みたいです」
阿野（目を合わさないまま）
「今の時点では、箸にも棒にもかからないということか」
波子「違います！」
阿野「違わない。褒めるところがない時に人はそういう言い方をするんだ」
原稿を取り上げて読む阿野
涙ぐんでくる
阿野「何も出てこない…。何も浮かばない（涙声）。
書いては書き直し…15枚書くのに半年がかりだ！
もう何を書いているのかも分らなくなった」
感情が高ぶり、どんどん涙がこみあげてくる
波子「読んでしまったことは謝ります。でも本当に面白かったです。
…先生の文章には、読む人をひきつける力があると思います。
私、先生の書く文章好きです」
阿野「そんな言葉いらないんだよ！」
ワナワナと震え、原稿を裂こうとする
波子「やめて下さい！」
原稿を放り出し、嗚咽する阿野
そんな姿を見つめ、黙って阿野を抱きしめる波子
頭を抱き、肩をよしよし、と叩く
阿野（泣きながら）「…君は、何をしているんだ？」
波子「だって、いくら口で言っても分ってくれないから」
波子の腰にすがって泣く阿野
N（ナレーション）
「こうして波子おばさんは、この風変わりな作家とつきあい始めた」
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独り言感想）
・波子ちゃんの服装は、セーターにフレアスカートとか、襟付きのワンピースとか、
いかにも昔のまっとうな娘さんという感じで可愛いなあ。
・ラクダのシャツってすごくおじさんっぽい。
これで下が股引だと完全にオッサンです。
ズボンがベージュなので、一瞬下もラクダの股引かと思ってびっくりした。
・出会い近くのシーンでは、音が結構印象的だった。
たとえば阿野さんが万年筆のキャップをチャッと抜く音とか、
ペンをかりかり走らせている音とか。
（こちらはインクに浸して書くタイプのようでこれまたなつかしい）
会話が一瞬とぎれた時の、鍋のぐつぐついう音とか。
・昔は卓上カセットコンロなんかなかったので、
こういうふうに長いガスホースをそのままひっぱってきたりしましたね。
なんとなく覚えがある。
火力が強くって頼もしい感じです。
具はそうたいしたことない鍋なのに、美味しそうに見える。
・鍋のシーンのやりとり面白い！
絶妙のタイミングで食べながら言葉を発する阿野さん。
”ちゃんと食べながら台詞を言う”役者・耕史くんの面目躍如。
・阿野さんはかなり天の邪鬼のように見えるけど、
こうやって台詞を読んでみると、結構筋は通っているような。
むしろ波子のほうがあまりに天然のような気もします。
・泣きじゃくる阿野さんを抱きしめる波子ちゃん。
この子も童顔で幼く見えるのに、母性を感じさせるなあ。
童女でもマリアさまを思わせるような神々しい子がいるものだけど、
まさにそんな感じ。
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