mixiユーザー(id:2938771)

2024年01月06日15:10

17 view

なかった落とし物、その16

「腕時計をなくした三人」
愛という絵空事

「誰も時計をなくさなかった、あ、これ、小説のタイトルみたい。ねえ、作家がいるんだから、これ小説にして出版したらいいじゃない」
 女王様がコーヒーカップを持ったまま全裸で筆者のほうに歩いて来て言った。薄い繁みの下の幼いままの亀裂が露出している。その様子が足を開いて見せていたそれよりもワイセツなものに見えるのが不思議だった。
「小説家はいませんよ。編集者。それもエロ本専門。それに、あなたは時計をなくしたんですよね」
 筆者は少しおどけたように言った。そうした言い方は、あまり好きではないのだが、今は、この芝居のような空間の雰囲気に従おう、と、そう思ったのだ。どうせ、先ほどまでの撮影という仕事も、三人での濃厚なセックスも、この会話も、何もかもが絵空事なのだから、と、そう思ったのだ。
「後から強引に乗り込むみたいで悪いけど、私も、やっぱり時計なんか、なくしてないような気がしたのよ。時計をなくしたことにしたかった、と、そんな気がしたんだから、いいでしょ、それで」
 社長は女王様のいなくなったベッドに、まるで、女性のように上品に腰を下ろして「いいんじゃないですか、それで」と、言った。
「本当は、私にも普通の生き方があった、普通の幸せがあった、そう信じたいじゃない。でも、それを得られなかったのは、落とし物をしたからだって、そう言い訳けしたいじゃない。だって、自分は、どこか世の中からズレていて、感性が合わなくて、結果として、他人と上手にやって行けないから、だから、普通の生き方が出来なかったんだ、なんて思いたくないんだから」
 女王様が私の前に座る。片膝を椅子に乗せ、その膝にコーヒーカップを置いた。まるで冷たい膝をカップの底の熱で温めようとしているかのように。閉じていたその部分が再び広がった。やっぱり、こちらのほうがワイセツなのか、と、筆者はそう思いなおし、目の前にあるそれを遠慮なく凝視した。
「どうして服を着はじめてるの」
 股間を剥き出しにしている女王様が言うので、彼女の視線を追って筆者も彼女の股間から、いつの間にか簡易クローゼット前に移動していた社長の方に視線を向けると、彼は、すでに、ベルトを締めようとしているところだった。
「いい気分なので、夜の新宿に出ます。飲めないくせにね。ホテルの清算、頼みますね」
「ええ」
 筆者が言うと、女王様はコーヒーカップをテーブルに置くと、子供のように元気に飛び上がるように立って「私も行く」と、言った。それはそうだろうな、と、筆者は思った。愛かどうかは知らないが、彼女は社長といたいのだろうな、と、そう思ったのだ。
「寂しかったら、残るけど」
 それでも、女王様は、筆者に気を遣うように、こちらを振り返って言ったので、筆者はそれを即答で否定した。
「まさか。そんな感性のある男は親からもらった時計をわずか一日で落としたりはしないものです」
 そうは言ったが、二人が出て行った後、広いスイートルームで一人になってみると、やっぱり少し寂しいと思った。寂しいと思ったが、しかし、ワープロを出して仕事をはじめると、意外なほど仕事が捗り、気が付けば寝るのも忘れて、外は、いつの間にか、太陽の届かない朝になっていた。
0 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2024年01月>
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031