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2024年01月05日16:40

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なかった落とし物、その15

「腕時計をなくした三人」
奇妙な三人の共通点

「なんだ、そういうことだったんですね」
 女王様は全裸のままベッドの上でぐったりとしていた。社長は萎えてなお大きなモノを隠そうともせずに、窓際の椅子に座っていた。そして、筆者は、その社長の前に、やはり全裸なままで小さなそれを隠すようにして、足を組んで座っていた。
「そういうことって」
「社長と彼女は最初から、そういう関係だったってことでしょ。つまりは愛人」
「違うよ」
 ベッドから、それを否定する声が上がった。否定はするが、心地良い疲労の中にいたいのだろうか、起き上がろうとはしないようだった。
「こんな関係。それじゃダメかな。誰かを愛せないけどセックスしたい男と、誰かを愛せないけどセックスの欲しい女。ただのセックスじゃ寂しい。でも、愛は分からないし、愛は欲しくもない。だから愛を演じたセックスをしたい」
「エロ本みたいですね」
「エロ小説じゃなくて」
「小説じゃあ、リアリティがないから掲載出来ないですよ。見せかけのエロ、見せかけの犯罪、見せかけの猟奇、そうしたものを作って性を刺激するエロ本と似ているなって思ったんですよ」
 社長は立ち上がって、バス横に置いてあった自ら持ち込んだ専用電気ポットに水を入れ始めた。コーヒーはドリップ式だが、それなりのものを淹れることの出来る道具を用意してある。社長は全裸の背中を向けたまま「腕時計をなくした時、君、何を思った」と、尋ねた。それが筆者に向かって言ったものか、女王様に向かって言ったものかが分からなかった。時計は三人ともになくしていたのだから。
 しかし、女王様には答える気配なかったので、筆者が答えることにした。
「やっぱり、と、そう思いましたね。家族というもの。あるいは、自分の人生というものが嘘だったんだ、と、そう思ったんですよ。腕時計して、規則正しい生活をすることが自分には許されないんだろうなってね」
「同じだ」
 女王様がようやくベッドから起き上がって言った。
「私も、結婚するという女の人生が許されないんだろうなって思った。しかも、それは婚約指輪をなくしても思わないことだったんだと思う。腕時計だったからこそ、そう思ったんだと思うの。だって、時計って、何もかもを制約して来るものじゃない。私の腕で、常に、私を見張っているのよ」
 持ち込んでいたコーヒーカップ三つに、社長はコーヒーを淹れ、まずは筆者の座っていたテーブルに、そして、もう一つをベットに座る女王様に渡し、最後の一つをソーサーごと持って再び筆者の前に座った。
「私も同じです。腕時計を落としたことで、自分はレールから外れてしまったのだろうな、と、そう思いました。でも、それで良かった、と、そうも思っちゃったんですよ。いや、もしかしたら、そう思っただけで、腕時計は落としてさえいなかったのかもしれません」
 筆者は、口元まで運んだコーヒーカップに口をつけることのないまま、テーブルに戻してしまった。腕時計は落としてない、と、その言葉が引っかかったのだ。何かから解き放されたくて、それがために作った偽物のエピソードが貰った時計を落としたというものになったのではないか、と、そう思ったのだ。そう思えば、貰った時計の色も形も何も覚えていない。一日で落としたとしても、それを貰った時には、嬉しかったのだから、もう少し時計の記憶があってもいいはずなのに、と、そう思ったのだった。
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