「腕時計をなくした三人」
マニア世界とは何か
筆者は酒を飲むが、他の二人は、ほとんど酒が飲めないと言うことで、筆者もそれに付きあい、酒は控えていた。ところが、撮影用に買ってあったコーラと駄菓子と菓子パンで三人は、ずいぶんと酔っぱらっていたのだ。ビールさえ飲んでいないというのに。
「女王様とか言ってもさ、風俗嬢だからね、二人してバカにしてるでしょ」
女王様は撮影用のボンデージ衣装を脱いで全裸の上にホテルの高級な白のガウンだけを羽織っていた。その格好で自由にベッドの上を転げまわるものだから、大きな胸も大きな尻も、そして、手入れされた黒い繁みも、その奥の普通の成人女性よりも、はるかに幼く見える亀裂の部分も露出させてしまっていた。
筆者は撮影の後片付けで、汗だくになったのでシャワーを浴び、やはり全裸に、少し前までモデルの女の子が使っていた、ホテルのガウンを女王様と同じように羽織っていたが、前を合わせる気もないものだから、その部分は剥き出しになっていた。
「社長は女王様、どう思うんです」
「絵に描いた腐ったデコレーションケーキ」
「何それ、絵だから、どうせ食べられないのに、さらに腐っているって言うの」
社長だけは、スーツ姿だったが、さすがに、ジャケットは脱いで、ネクタイをはすじ、スラックスとシャツになっていた。鍛えられた、と、言う形容には無理があるが、中年にしては良い身体だった。
「じゃあ、エロ本屋は」
女王様は筆者に尋ねて来た。
「犯罪者になる夢を見て落ちこぼれた愚か者」
筆者は即答した。
「犯罪者になれたとしてもダメなのに、それにもなれない落ちこぼれかあ。じゃあ、そこの出版社の社長は」
筆者は女王様に問いを返した。
「決まってるじゃない。豊満な栄養失調。エンジンのない新車のフェラーリ。清涼山の石橋を一輪車で渡る大馬鹿者でしょ」
女王様からお能の話が出るとは意外だった。そして、三人ともに、そこに興味を抱いていたのも、また、意外だった。もっとも、筆者の知識はお能というよりもオカルトによるものだった。ゆえに、能役者の話になると、もう、筆者はついて行けなかった。
「作家は」
ついて行けない筆者に気を使ったのか社長が新しい問いを投げかけて来た。
「法律の内側にいる詐欺師」
筆者は答えた。
「エロ作家は」
すかさず女王様が問いを重ねた。
「詐欺師になって三文だけ騙し盗ろうとしている愚か者」
筆者は答えを重ねた。
「デザイナーは」
社長がさらに問いを重ねる。
「裸の王様に出て来た仕立て屋」
「どうして」
この答えには、女王様は不満だったようだ。
「ありもしない美や正義やエロを美しく演出しているからですよ」
筆者の代わりに社長が答えた。少し違うような気がしたが、それでもいいかな、と、筆者は思った。
「風呂、そろろろ、もらうわ。二人でよろしく、やっていてよ」
社長がぼそりと呟いた。そういえば、彼だけは風呂を使っていなかったのだな、と、筆者は思い、それを不自然には感じていなかった。
社長がバスルームに消えると、女王様は、ガウンを脱ぎ捨てベッドに仰向けに寝て、何も言わずに、両足を開くと、指で、その部分を軽く叩いた。舐めろと言うのだろうな、と、思い、筆者はそこに顔埋めた。
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