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2023年12月09日15:06

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老いた編集者老いを語る、その2

 筆者がどれぐらい優秀な編集者だったかと言えば、まず、借りた物を返さないことで有名だったぐらい優秀だったのだ。有名になるぐらい優秀だということなのだ。優秀でない編集者は有名にならない。別に筆者は着服して個人の利益にしようなどとは考えていなかった。
 ただ、借りる時というのは、たいてい期日があり、期日まで借りなければ誌面に穴が開くということがあるのに、返すのには、たいてい期日がなかったのだ。期日がないと優秀な編集者は動かないものなのだ。何しろ、期日を守ることで生活しているのだから。
 しかし、期日がないだけで、借りた物が自分の机の下や後ろに溜っていることを忘れることは出来ない。いつか返送しなければ、と、考えながら、心苦しく、罪の意識に責め立てられながら日々を過ごさなければならなかった。それは辛い生活だった。
 ところが、こんな年齢になると、借りた物が分からなくなるのだ。借りた物を返すのを忘れるのではない。借りた物かどうかが分からないのだ。借りたのか買ったのか、そもそも、それが自分の物なのか、あるいは、どうして、それが自分の手元にあるのかも不明になるのだ。
 机の上に本が二冊ある。二冊とも読みかけのようなのだが、読んだ記憶がない。栞が挟んであるが、そのページにも覚えがない。そもそも、その本を買った記憶もないのだ。もしかしたら、誰かの本を間違えて、どこかで持って帰ったのかもしれないが、返したくても、その記憶もないから無理なのだ。
 それなら最初から読めばいいようなものなのだが、その本に対して興味が持てないのだ。たとえば、それは無人島に漂流して十日目に偶然見つけた本だったとしても、読まずに火種にでもするだろうな、と、そんな本だったりするのだ。
 しかし、筆者は編集者である。本を火種にしても、捨てることは出来ない。役に立てずに本を消滅させることが出来ないのだ。火種にするなら役に立っているので、それでいいのだ。
 ゆえに、本は読みかけのまま机の上にあり続けることになる。邪魔なのだ。仕方ないので、読みもしない本の内容について考えたりする。これはけっこう楽しい。そのままその本を読みさえしなければ、生涯、それを楽しむことが出来る。
 こんな才能があれば、若い頃に、借りた資料の返却が出来ないと悩むことなどなかったのかもしれない。そこにあるのは、イメージの倉庫に過ぎないと割り切り、借りたことなど、すっかり忘れて、荷物の山を楽しめたのだから。
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