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2023年03月22日16:55

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喫茶店のある街、その11の1

 横浜駅は、ほんの少し歩き、大きな道路を渡るだけで閑静な住宅街に出る。駅前には大型の喫茶店がいくつもあるのに、彼女は、それを嫌って、筆者との打ち合わせには、いつも、少し不便な場所にある喫茶店を指定した。彼女が運営するSМサークルの事務所からも、その店は不便な場所にあった。
 それがイタリア語かフランス語かさえ分からないブランドのワンピースは、歩くと独特に揺れるそのラインだけで高級だと分かるものだった。緩いワンピースと同じように、軽いウエーブのかかった肩より少し下にかかった上品な茶色の髪は、常に優美に揺れていた。日本人にしか見えない顔なのに、どこか北欧風なのは、大きな目ときりっと細くて高い鼻のせいかもしれない。緩やかなラインのワンピースだというのに、胸の大きさ、尻の大きさは、一見すればそれと分かった。
「どうして、身体の良い若い男の子の五人ぐらい集められないの。私のグラビアなんでしょ。考えてよ。私、聖水なんて撮らせたことないからね」
 コーヒーを焙煎する香りがしていた。目の前には拘りのある薄い陶器のコーヒーカップ。調度品にも店主の拘りがあり、照明は上品な間接照明を使用し、昼間でも、外の灯りは店には入ってきていなかった。天井から吊るされたマニアックなスピーカーから流れて来るのはラッパを中心としたジャズ。店主はいつもカウンターの中にいて、彼以外はコーヒーを淹れることがない。そんな店で聖水と言えば、それは宗教か、あるいはテレビゲームの話のように聞こえたかもしれない。
「私が全裸で仰向けに寝るから男のたちは、一斉に私に精液をかけるのね。それをカメラマンが俯瞰で撮る。いい絵でしょ」
 店に相応しくないワイセツ用語が並び、店に相応しくないワイセツな状況の展開が描かれていた。店主はもちろん、少し離れたところに座っていたオシャレなカップルの耳にも、その会話は聞こえていたはずだ。それでも店主は何も言わない。音楽のボリュームを大きくして注意を促すようなことさえ、彼はしなかった。
「М男の顔とか口はなしね。食べなくてもいいけど、受けるのは奥田君ね。口に入れるだけでいいから、じゃないとやらない。あのね。別に、私はグラビアとか撮るメリットないんだからね。そのぐらいのギャラなら、私の奴隷さんに持って来いって言えば、翌日に持って来る人がいるんだから。分かる。ギャラじゃないの。私は自分が満足出来る絵が欲しいだけなのよ」
 オシャレでなくても、拘りの喫茶店でなくても、公の場で出していいような言葉でないものを黄金と言い換えていたのに、話が熱狂していたのか、彼女はそれも忘れてしまっていたようだった。そろそろ、店主かお客からクレームが出るだろうと、筆者は思っていた。
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