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2022年04月05日15:30

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午後の迷路にて、その12の3

 六本木が嫌いだった。赤坂も青山も嫌いだったが、六本木ほどではない。ところが、六本木はSМクラブがもっとも多くあった街だった。ゆえに、六本木を訪れる回数は新宿や池袋を上回っていた。知り合いも多く、好きなママも好きな風俗嬢もいた。六本木の性風俗店が嫌いだったわけではない。むしろ、そちらは好きな店が多くあったように思う。十年以上の付き合いになる店も少なくなかった。サイト鹿鳴館を作った男のジャズバーがあったのも六本木だった。最後まで筆者の理解の及ばなかった男の出版社があったのも六本木だった。好きな人ばかりいた六本木。しかし、その街は今でも嫌いな街なのだ。
 日比谷線の改札を抜けて階段を昇ろうとすると、ダンスのステップがチェックされる。ボックスステップが出来ないと階段を昇ることが許可されない、そんな気がした。歌のテストもある。演歌など歌ってしまったら地下の地下、地獄に落とされるのに違いなかった、そんな気がしていた。そんな過酷な試練を間違ってくぐり抜けたとしても、階段の上にいる黒服に捕まるのだ。黒服は六本木に相応しい服装をチェックしているのだ。ジーパンにスニーカーでカメラバックを抱える男は、同じようでも、ブルージーンズにカラフルなシャツにブランドと分かるジャケットを着て口髭などたくわ、カメラバックの他に高級そうなカメラを片手に持つ男とは、まるで違う。そうした男には黒服は最敬礼する。ようするに、カメラマンとエロカメラマンは違っていたということなのだ。その上、筆者はエロカメラマンでさえない。カメラは持っているがエロ男という職業なのだ。黒服に
見つかれば、階段から蹴り落とされるのに違いない、と、そんな気がしていたのである。
 うっかり入った喫茶店ではケーキセットが千二百円だったりした。メニューにはセットしかない。コーヒーだけの注文が許されるのかどうか分からないので、仕方なくケーキセットを頼むのだが、ケーキの名前が分からない。背伸びしたレストランでワインメニューを見せられたような気分だ。だいたいケーキセットで千二百円もしたのでは、緊張で味なんか分かるはずがない。こっちは百円のケーキを食べて育ったのだ。
 六本木は本当に嫌いだった。それなのに、あまりに取材先の店が多かったために、けっこう街の隅々まで把握していた。そんな自分が嫌いだった。それでも二十代の頃には、いつか六本木を闊歩出来る男になろうなどという野心を抱いたりしたものだった。いや、その野心は今も持ち続けている。嫌いな街だというのに……。
 それでも、なりたかったなあ、六本木の似合う男に……。
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