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2021年09月16日15:44

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ドラゴンとギャオス、その1

 ベランダの窓を開けると、それと同時にギャオスが飛び立とうとしていた。筆者には飛び立つギャオスに言葉をかける余裕さえなかった。ところが、ギャオスはベランダから数センチ浮いたところで止まってしまった。
「止めてくれ」
 ギャオスが叫んだ。叫んだと言っても声は小さい。近所迷惑になることをギャオスは気にしているのだ。ギャオスとはそういうヤツなのだ。
「何を慌てて逃げる必要があるんだよ」
 見ると、筆者が気が付きもしない間にベランダに出ていたドラゴンがギャオスの尻尾を掴んでいた。しかし、ドラゴンの大きさは猫ほどなのだ。それに対し、ギャオスは日本人の平均的な大人の身長なのだから、ドラゴンぐらい尻尾にぶら下げて飛べそうなものなのだが、飛べないようなのだ。
「だって、アイさんから可愛いドラゴンが来たと聞いたから、こんな凶悪な存在だなんて聞いてないから、だいたい、その小さな身体で、どんな力、いや、質量なんだよ、おかしいじゃないか」
「お前の飛び立つ気に合わせて引き加減を調整しているだけだよ。冷静になって、ゆっくり落ち着いて飛ぼうとすれば、俺ぐらいは、尻尾にぶら下げられるんだよ。まあ、いいじゃないか。せっかく遠いところを来たんだろう。とりあえず、部屋に入れよ」
 筆者の部屋である。それなのに、筆者は「そうだよ、入れさせてもらえよ」と、思わず言ってしまった。筆者の部屋なのである。ドラゴンは居候に過ぎないのだ。
「分かったから、ちょっと、尻尾を離してくれ」
 ギャオスは、しぶしぶ部屋に入って来た。羽根を畳み、ドラゴンから視線を逸らしている。その前には、ギャオスのそれと違い、もうしわけ程度の小さな背中の羽根を、パタパタと遊ばせているドラゴンがいた。ギャオスの鋭い嘴なら、その身体を引きちぎることさえ出来そうな小さな愛らしい生き物しかそこには存在していなかった。
「今、コーヒーを淹れてもらうから、お前も、コーヒー好きだろう。あれは美味しいよな」
 筆者のコーヒーであり、淹れるのも筆者だ。
「コーヒーを淹れてやるとは言ってないけどな」
 もちろん、ギャオスにコーヒーを淹れてやるつもりだったが、あえて、筆者は逆らった。
「え、こいつにはコーヒー淹れてやらないのか。お前、どうして、こいつに、そんな意地悪するんだよ」
 ドラゴンが言った。
「そうだよ。せっかく来たのに」
 ギャオスもそれに合わせて言う。違うだろう、と、筆者は思ったが、こいつらに言っても理解されないと諦めて「冗談だよ、今、淹れるから待ってろよ」と、言ってしまった。
「ところで、お前、どうして梨を持ってるんだよ」
 ギャオスに向かってドラゴンが言ったのだが、ギャオスが梨を持っているようには筆者には見えなかった。しかし、ギャオスは背中のリュックから袋に入った梨を出した。
「いい香りだ。もしかして、お土産とか言うやつか」
「ああ。しかし、匂いだけで、よく梨を持っていると分かったな」
「当たり前じゃないか。それ、二十一世紀か」
「違うぞ。これは梨は梨でも、山梨産のラフランスだよ。日本の梨も美味しいけどな。これはこれで最高に甘いんだぞ」
 ドラゴンの気配だけで逃げ出そうとしていたギャオスだったのに、すでに、ドラゴンに慣れはじめているようだった。このあたりの順応力の高さが他の星でも、それなりに楽しんで生活出来る宇宙生物たちの特性というものなのかもしれないな、と、筆者は思った。
「剥いてくれよ」
 ドラゴンがコーヒーを慎重に淹れている筆者に言った。
「お前、器用なんだから、自分で剥けるだろう。それに、お前、宝石をいっぱい持ってるんだから、自分で買えるだろう。この前、換金して来てやったお金だって、けっこう余っているはずだぞ」
「ええ、それじゃダメなんだよ。お土産でもらう梨が美味しいんだよ。そして、剥いてもらった梨だから美味しいんじゃないか」
 ギャオスがドラゴンの言葉に、思いっきり首を縦に振っていた。その姿は、まるで餌を探す鳩のようだった。そんな二人を見ては逆らえない。
「いいよ。コーヒー淹れてたら剥いてやるから、そこに置いておけよ」
 と、言っているのに、ドラゴンは小さな手に梨を抱えてキッチンに来てしまった。そして、コーヒーを淹れる筆者を見上げ「なあ、ギャオスって、いいヤツだな」と、そう言った。その目はまんまるで愛らしかった。
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