mixiユーザー(id:2938771)

2021年09月08日16:41

57 view

ドラゴンとアイさん、その6

「人間は死を必要以上に嫌い恐れる生き物なのよ。幽霊の私が言うの、なんか、おかしいけど」
「死を生きることからの解放とは考えないわけだな、人間は」
 愛らしい姿なのだが、やっぱりドラゴンの言葉には、永遠を生きるものの何かがあるような気がした。しかし、それなら、人間だって、本を読み、過去の知識を継承しているわけだから、永遠を生きているのかもしれない、と、筆者は、そうも思った。
「じゃあ、ドラゴンは死を恐れないのね」
「恐れていない。それに、人間も、本当は死を恐れているのではないんじゃないかな。恐れているのは一人になること。ドラゴンは卵で生まれ、親の顔を知らない。生まれたときから一人なんだ。しかし、前のドラゴンの知識をそのまま受け継いでいるから生きることに困らない。その後も、ほぼ一人だ。他の星に出ても、そこにドラゴンはいないから、まあ、一人のようなものだよな。寝ても一人、起きても一人。死んでも一人。同じなんだよ。今死んでも後悔しないために、一瞬前の今を生きておくんだ。そして、今の一瞬後に繋ぐ。生は、今という点の連続でしかない。点だから折れない。死は長い棒が折れることじゃないんだ。だからドラゴンは死を恐れない」
「意味の深い話をしているように聞こえるけど、尻尾が鈴と遊んでいると説得力がないわね」
「共感を求めているわけではないから、それでいいだろう」
「そうね。今度来るときには風鈴を持って来てあげる」
「ああ、それは知っているぞ。風に音色を与える物だろう」
 違う、と、思ったが筆者は言わなかった。アイさんもそれを否定したりはしなかった。ただ、アイさんは幽霊なのだ。風鈴の音と共にやって来られたら、ドラゴンはともかく、筆者は少し怖くなるような気がした。
 夜が明けると、アイさんは言い。そろそろ帰るわね、と、その姿を消して行った。ベランダに脱いだ草履を忘れている、と、そう思ったときには、アイさんの姿はなくなっていた。あわてて窓を開けたが、そこに草履はなかった。アイさんと共に草履は消えたようだ。しかし、ベッドの上でドラゴンに遊ばれている鈴は残っている。深く考えてはいけないのだ、と、筆者はそう思った。何しろ、あんなに驚いていたドラゴンは、この状況をあっさりと受け入れ、もはやアイさんが目の前で消えたことに、少しの疑問も感じていないようだったのだから。
「アイさん、いい人だな。風鈴持って来てくれるんだって、アイさん、いつ来るのかなあ。今夜かなあ」
 そんなにすぐは来ないだろう、と、筆者は思ったが、尻尾で鈴を鳴らしながら天井を見上げる健気なドラゴンには、言えなかった。ドラゴンよ。アイさんが天にいるというその考えは幽霊のそれとは少し違うぞ、と、筆者はそう思いながら、天井を見上げて不用意になったドラゴンの喉を撫でた。
「そんなにすぐには来ないよな。明日かなあ」
 喉を撫でられながら、ドラゴンが言った。
 見かけも可愛いが、難しい話をするようでも、ドラゴン、その中身もなかなか可愛い、と、筆者はそう思った。
1 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2021年09月>
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930