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2021年09月07日14:57

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ドラゴンとアイさん、その5

「どうして地球人は命を大事にするんだ」
 梨を食べて満足したドラゴンが、梨を剥く前の会話に戻した。
「大切なものが他にないからじゃない」
 アイさんは自ら日本茶を淹れながら言った。実体のないはずのアイさんなのに、物でしかない急須もヤカンも普通に扱う。不思議なものだ。そして、それ以上に、優雅なものでもある。たかが番茶を淹れているというのに、まるで、お抹茶を立ててくれているかのように錯覚させられる。
「草原の香りを淹れているのか。凄いものだな。地球人はそんなことも出来るのに、たかが命が大事なのか」
 お茶は自然の草ではない。しかし、その香りを草原と表現するドラゴンは悪くない。
「死んでも悔いはないと海に出る人もいる。山に登る人もいる。宇宙に行く人だっている。命が何よりも大事なら、そんなことはしないほうがいい。死んでもいいと思って行動に出る人たちが時代を強烈に進めて来たんだと思うんだけどな」
 アイさんが茶碗を筆者の前に置いてくれた。同じお茶の葉なのに、アイさんが淹れると香りが立つのだ。
「ねえ、ドラゴンちゃんは、今、ここで三人で過ごしているのが楽しい、楽しくない」
「そりゃ楽しいよ。あ、お前、ちゃん付けしたな」
「じゃあ、ドラゴンは、私が帰ったら寂しい」
「そりゃ寂しいだろうな」
「でも、私には私の役割りがあるから、帰ることになるわよね。そして、二度とドラゴンには会えないかもしれない。それなら、帰るなって私に言う」
「いや、自分のやるべきことのために帰れ、と、そう言うだろうな」
「地球人の多くは、特に日本人の多くはそう思わないのよ。いつまでも、この三人でいたいって、そう思うのよ。この楽しい三人の空間を維持したいって思うのよ。それはね。私たちは過去から繋がっていて未来に繋がっているんだって意識がないからなのよ」
 ドラゴンは、アイさんの話に尖った顔を上下に細かく揺すりながら、お茶を飲もうとして、その熱さに驚いたように顔を上げた。火を吹く口はお茶を熱いと感じるのだろうか。
「熱い。でも、いい香りだ。そして、いい味だ。洞窟の中のような場所なのに、そこに、草原を作ってしまう香りと味。これは凄い。コーヒーとは、また、違う凄さだ」
「さっきの梨も、そのお茶も、いろいろな人たちの研究と冒険によってここに存在しているわけだよな。まさに、ドラゴンの言うところの、受け継がれた知識ってやつなんだよ。そうした意味で言うなら、一人の人の成果ではないんだろうな。歴史の中の多くの人の成果が繋がってここにあるわけだから、梨を作る、お茶を作るということで言うなら、その命は紡がれているってわけだよな。でも、それが分からなくなって、今、そこにある命だけしか見えなくなっているんだよ。昨日と同じ今日が大事なら、命は何より大事だよな。でも、今日とは違う明日を目指すなら、明日のために、未来のために、命より大事な何かが生まれるってことなんだろうな。ドラゴンには常識の、そうしたことが、今の地球人には分からないのかもな」
「まあ、仕方ないよ。地球人なんて、宇宙の歴史から見たら、生まれたての赤ちゃんみたいなものなんだから」
 小さな身体で熱いお茶をフー、フーと冷ましながら飲むドラゴンは愛らしい生き物にしか見えないが、その頭の中には、何億歳という命が詰まっているようなのだ。ドラゴン、なかなか凄い生き物である。
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