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2021年09月03日15:54

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ドラゴンとアイさん、その2

 アイさんがコーヒーカップを手に持ち、それを顔の前に掲げて香りを堪能していると、その隣に、ちょこんと座ったドラゴンがアイさんの下から顔を見上げている。まるで、おやつをもらう前の犬のようだ。
「ねえ、可愛いからいいんだけど、何しているわけ」
「何してるって、お前、それ、飲むつもりだろう」
「飲むわよ。いくら香りが大事と言っても、コーヒーは飲むものなんだから、当然でしょ」
「でも、コーヒーは物質で、お前は、物質じゃない」
「その尻尾でチリチリチリンってさせてるの、私が上げた鈴よね。それは何なの」
「物質だ。そうか、飲む前に、お前が物質であるコーヒーカップを持っていることが、そもそもおかしいのか。頭が混乱する。地球とは、こんなにも矛盾した星だったのか」
「だから、深く考えちゃダメよって、言ったでしょ。もっと単純に考えるのよ。一緒にいて楽しいかどうか。一緒に飲むコーヒーは美味しいかどうか。一緒にする会話は充実しているかどうか。この時間は貴重かどうかってね」
 ドラゴンの見つめる中でアイさんはコーヒーを飲んだ。アイさんそのものには実態がない。しかし、コーヒーはアイさんの口の中に消えて行く。よく考えれば不思議なのだが、見ているかぎりは普通のことなのだ。慣れてしまえば神出鬼没で便利な人という感覚になる。さらに慣れると、少々面倒な女となるだけなのだ。そのアイさんの面倒なところは、しかし、彼女が幽霊であることとは無関係なのだ。
 ドラゴンも、だいぶ慣れて来たのか、尻尾で鈴をころがしながら、自分もコーヒーを飲み始めた。
「ところで、問題がある。俺はお前より年長だ。そのお前のペットに対するような態度は改めるべきじゃないだろうか」
 偉そうな口調で言っても、結局、彼は、猫の被毛を持つ二足歩行で背には天使のような小さな羽根を付ける愛らしい生き物にしか見えなかった。
「年長と言うのは、命のある者が比較できる年数のことでしょ。命のない私に対して、どっちが上とか言われてもねえ。野良犬に俺は小判を三枚も持っているんだ、尊敬しろ、と、そう言っているようなものよね。野良犬には必要のない物で、どっちがどれほど多く持っているかを比べるの意味ないわよね。ドラゴンちゃん、頭良いんでしょ。そのぐらい分からないのかな」
「分かった。でも、せめて、ちゃんは止めてくれ、いっそ、ドラゴンでいいよ。どうせ名前は発声も出来ないだろうし、面倒だから。ただ、ドラゴンちゃんと呼ばれるのは、ちょっと」
「いいわよ。じゃあ、ドラゴン、ね、そう呼んであげる」
「ところで、小判とは、この星のこの国のお金だろう。見せてくれるか」
 小判は確かにお金ではある。しかし、筆者のような凡人が所有しているようなお金ではない。そこがドラゴンには、もう一つ分からないようだった。急増した知識とはそうしたものなのだ。小判は持っていないので、代わりにフランダースの犬の記念硬貨を見せてやった。
「これだ。分からなかったんだ。これの成分価値の計算が合わないんだよ」
「じゃあ、これは」
 千円札を渡した。
「そう、これだよ。確かに精巧な紙だが、紙は紙だ。この成分に千円の価値はないだろう」
 ドラゴンには等価交換の認識しかないようなのだ。しかし、金融についても、その情報収集の早さなら、すぐに理解することだろう。ただ、理解出来ていないほうが筆者たちは楽しい。
「この犬はある時期に地球を救った犬なんだよ。ゆえに、この犬の勇気にあやかろうとして、この犬が模られたものは、すべて、成分の価値の数十倍の価値になるんだよ」
 私がそう言うと、アイさんが、それをさらに補足した。
「それを地球では英雄価値と言うのよ」
「そうなのか。そんな情報はインターネットにはなかったなあ」
「もっと、ちゃんと調べなさい。でも、それは後にして、今は、この美味しいコーヒーを楽しみましょう」
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