mixiユーザー(id:2938771)

2021年09月02日14:56

51 view

ドラゴンとアイさん、その1

 ベランダの窓を開ける。開ける必要のないことは分かっている。しかし、形式というものは大事なものなのだ。いや、形式を重んじるなら彼女は玄関から入って来るべきなのだが、そこは分からない。矛盾も、また、大事ということでいいのではないだろうか。
「おこんばんは。まあ、やっぱり可愛いのね。そうだと思ったのよ」
 窓を開けるとアイさんにしては珍しく、いや、本来のあるべき衣装であるところの着物で、草履をきちんと揃えて脱いでから部屋に入って来た。ベランダの窓から入って来るわけだが、きちんとはしていた。
「これは何だ。物質の存在がないのにエネルギーが存在している。そんなはずがあるか。物質の何らかの運動によって生じるのがエネルギーだろうが。あり得ない。声が聞きとれるのも、おかしいぞ。何を振動させているんだ。粒子レベルでそこには何もないんだぞ」
 アイさんは、焦りまくっているドラゴンを無視して部屋に入り込み、いつもの椅子に腰を下ろした。ファンキーな格好などするアイさんだが、やっぱり着物が一番似合うと筆者は思った。
「コーヒーでも淹れましょうか」
「あら、嬉しい。腕を上げたって聞いたわよ」
「お、お前は、平気なのか、お前は何と会話しているんだ。いや、俺は何を見ているんだ。そこに物質がないのに、見えるという現象はおかしいじゃないか。こ、これは、いったい」
 筆者は部屋の中を右に左に、上に下にと動き回っているドラゴンを無視してコーヒーの準備をはじめた。その様子は、まるで部屋に入ったハエでも追い回す猫そのものだった。もっとも右往左往は出来ても猫には上下は出来ない。そこはさすがドラゴンである。
「ドラゴンちゃん。あまり深く考えないほうがいいわよ。この宇宙には、いくら行き過ぎた知性と言われたドラゴンちゃんの頭でも理解出来ないようなことは、たーくさん、あるんだから」
「深くも浅くもない。とにかくおかしいだろう」
 コーヒーの粉に湯を落とすことに集中したいので、せめて、その前にドラゴンを落ち着かせようと「幽霊なんだよ、その人」と、声をかけた。幽霊と言っておいて、人と言ってしまうぐらいだから、それは矛盾している。矛盾も、また、大事なのだから、それでいいのだ。
「ゆ、幽霊のことは知識にあるぞ。しかし、それは空想の物語りにあるだけのものだろう」
「お前、自分で言ってたじゃないか。地球にドラゴンの記憶があるのは、実際にドラゴンを知っていたからで、まったく記憶のないものは想像も出来ないはずだって。それなら、幽霊だって、そういうことなんじゃないか。物語りにあるということは、存在していた、と、そういうことなんじゃないか。違うか」
 アイさんは、部屋の中を動き回るドラゴンを優しく笑いながら眺めていた。
「ああ、そうそう。これ上げるから、ちょっと落ち着いて」
 袂から大きな鈴を出し、それをチリチリチリンと鳴らしてベッドに投げた。何故かドラゴンはそれに反応して、ベッドに飛び降り、ちょこんと座ると、尻尾でその鈴を転がし始めた。鈴は好きだったようだ。そして、筆者も、これで落ち着いてコーヒーを淹れることが出来ることになった。
1 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2021年09月>
   1234
567891011
12131415161718
19202122232425
2627282930