コモドは気にしない、その５

「私は日本の威張って知ったかぶった赤ちゃんたちが嫌いなんだよ。寒けりゃ火をおこす。暑ければ涼を工夫する。腹が減れば獲物を得る。料理もする。自分の世話ぐらい自分で出来なくて、何が男か」
　アイさんが聞いたら驚きそうな男尊女卑の思想だが、しかし、日本のそれとは、やはり違うように思えた。
「雌雄はともかく、それは男は女より優れているということになりますよね」
「あのな。お前は、サッカーのフォワードとキーパーはどっちが優れているとか考えるのか。天才キーパーでもストライカーになれるとはかぎらないし、フィールドで優れた選手ならキーパーも出来るというものじゃないだろう。ゴールを守ることに長けた者もいれば、ゴールを奪うことに長けた者もいる、と、それだけなんじゃないか」
　確かにそうなのだ。外で働くことが家事よりも困難だということにはならないし、自転車で米野菜を買いに行くことは車に乗ってクッションを買うよりも、よほど困難かもしれないのだ。
「でも、コモドの世界では、男が働き、女は家庭を守っているわけですよね。ええと、つまりは雄が働き雌が家にいるという形で」
「そうでもないぞ。雌の政治家も多ければ、雄の専業主婦も少なくないぞ。とくに、育児なんかは最近はすっかり雄の仕事になっているぞ。何しろ、仕事の現場に力仕事なんてほとんどなくなったのに、育児というのは、これは力仕事だからな。だいたい、コモドは人間のように、男が、女が、と、そんなことやりゃせんのよ。力のあるものがそれをこなす、と、それだけなんだよ。地球にいるコモドが私だけなのでな。私は男だから、男の素晴らしさを主張しているだけで、ここに雌のコモドがいたら、やっぱり、そいつも自分の男らしさを自慢しているかもしれんのだよ。どうしてか分かるか」
「そのう。雌でも、役割りが男とか、そういう、そのう」
「違う。コモドは自己が中心だからなのよ。お前たち人間は社会が中心なんだよ。常に集団の単位で行動している。社会、仲間、家族、恋人、友達とな。だから社会の概念で考えるようになっているのよ。ウイルスが怖いとテレビや新聞が騒げば、一緒になって怖がるわけよ。ウイルスとは何か、感染とは何か、データはどうなっているのか、そのデータは正しいのか、そんなことを考えもしないでな」
　ああ、似たようなことはガメラも言っていた。
「しかし、個人で物事を判断するのは、あまりにも大変なのではないでしょうか」
「大変なことの何が悪いのだ。この世を生きるのに大変でないことなんてあるのかね。私は、たかがラーメン食べるのに一時間も並んだことがあるが、そうして食べたからこそ、どうして、そのラーメン食べたさに人が並ぶのかを知ることが出来たというわけだ。それが分かるのは、しかし、一時間も並ぶという大変な行為の上にあるものだろう。それが嫌で、すいているラーメン屋で妥協するかね。しないだろう。大変なものなのだよ。分からなければ勉強すればいい。分かる人に頼ればいい。しかし、頼っても依存してはいけない。最後は自分で判断するわけよ。面倒で厄介で大変で苦労して生きているからこそ、美味しい物に出会い、美しい風景を観ることが出来て、幸福になるのだろうが。違うかね」
「あ、ダメです」
「何がダメなのかね。分かった。コモドは自分の意見も述べるが、きちんと反論も聞く生き物なのだ。さあ、反論してみたまえ」
「いえ、その意見に反論はないのですが、そこで、あまり尻尾を振られると、机の上のモニターが落とされることになりますので」
「あ、それはすまない。興奮すると、つい、尻尾が動いてしまうのよ」
　コモドはその大きな身体を縮めるようにして恥ずかしがっているようだった。しかし、それが実際に恥ずかしがっているのかどうかは、何しろ表情がないので、筆者には分からなかった。