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2020年07月19日18:36

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ホラーでないけど不思議、その12

 五反田の駅前にあった喫茶店。コーヒーは美味しくない。勝手にカステラを付けられ、その分、料金も高い。雰囲気も悪い。ただ、人が少ないので、仕事をするのには適していた。
 いつもの喫茶店だった。その頃には携帯電話を持っていた。まだ、スマホの時代ではない。その携帯電話が鳴った。相手は取材先のSМクラブのママだった。
「ねえ、マイアミにいるんでしょ。そこに女の子を直接向かわせたから、取材、お任せしていい。私、寝坊しちゃったのよ。こんなこと、めったにないんだけどね。女の子、ヨウコって言うの。ホテル代も奥田さん、立て替えといて、あとで私が払うから」
「いや、ホテル代は経費で出します。ヨウコって、二十代ぐらいの背の低い可愛い女の子ですよね」
 それらしい女の子が筆者の席に近づくのを知って、筆者はその女の子にも聞こえるように言った。女の子は、軽く会釈しただけで筆者の向かいに座った。筆者は、仕草だけで、ママと電話を代わりたいかと尋ねたが、彼女が小さく首を左右に振ったので、そのまま、取材が終わる頃には店にいるから、とのママの言葉を最後に電話を切った。
「ヨウコさん。あれ、アイリスの蘭さん」
 池袋のアイリスというSМクラブで取材した。いや、取材したのに、いっさい何も残っていなかった不思議な取材相手で蘭と名乗った‎女の子に彼女はそっくりだったのだ。
「アイリスは知りません。池袋にはいましたけど。あと、蘭という名前は使ってません。私、どこのお店でもヨウコでやらせてもらっているので。ところで、体験取材と聞いたんですけど」
「ああ、体験ふうに撮らせてもらうだけだから、ポーズだけで。あとは、こっちで体験したふうに書いてしまうので」
「体験。期待してたんです。マニア雑誌の人の縛りを受けてみたくて」
「ああ、緊縛はポーズってわけにいかないから、緊縛だけは本気でやるので、それなら大丈夫ですよ。たいした縛りでもないから、がっかりさせると思いますけどね。時間も、ママが店に入るまで、三時間もあるみたいですしね」
 そんな会話をして、筆者たちは喫茶店を出て歩いて数分の場所にあるラブホテルに向かった。そこは五反田の風俗店取材では、しばしば利用していたホテルだった。
 部屋に入ると、彼女はためらいなく全裸になりシャワーを浴びた。やっぱり蘭と名乗った女の子と同じだ。同じ女だ。しかし、そうだとしても、どうして、あの日のことを知らないと言うのかが分からなかった。別に筆者は被害者というわけでもない。迷惑さえかけられていない。隠す必要のないことのように思えたが、あえて追及もしなかった。
 体験取材といったところで、こちらは一人。それらしいものが撮れればそれでいいのだが、彼女は、何もかも本気だった。浣腸まで本気で入れて欲しいと言われ、排泄も見ていて欲しいと言われたのだ。
 不思議なことは、しかし、店に戻ってから起きた。ヨウコと名乗った女の子は店のあるマンションの前まで来たところで、食べ物買って行くとコンビニに入ってしまった。筆者は彼女をおいて先に店に向かった。
「奥田さん。いろいろ、ごめん。この埋め合わせは身体で償わせて」
 ママのいつもの冗談だったが、たかが、店にいなかっただけで取材も無事に終わったのだ。たとえ、冗談にしても、身体で償うほどのことではない。
「この子、洋子ちゃん。三時間も遅れて来たの。まあ、二時間も遅れた私に言えることじゃないけど、ああ、でも、身体で償うのは、この子じゃなくて私ね。そうだ。体験でしょ。私、手伝うよ。カメラ、私が撮ろうか」
 そちらは本気だ。ママは元カメラマンだったのだから。
 撮影用というわけでもないのだろうが、撮影の出来るスペースが女の子たちの待機室の隣に用意されていた。元カメラマンのママの店ならではの工夫だった。そこに先に一人入り、筆者は撮影の準備の前にフィルムをチェックした。使用されていない。録音用のカセットテープは回っていない。携帯電話の履歴を調べると、三時間の間にママと三度も電話をしているらしいことが分かった。
 悩む余裕もないまま、洋子という女の子が部屋に入って来たので、とりあえず、取材をはじめた。写真を撮りながら、たった今、筆者が体験した不思議な話をしていたら、その女の子が「だって、ヨウコだからでしょ」と、答えた。筆者は驚いて彼女にいろいろと尋ね直したのだが、話は食い違った。彼女は何も知らない。当たり前のことなのだ。だって、それは筆者が三時間も暇をつぶさなければならない間に見た幻の取材のことなのだから。
 このヨウコとの因縁は、まだまだ続くことになるのだが、それは、また、いつか、ゆっくりと書いて行くことにしたい。そして、何人かは気づいたと思うのだが、これがサロンの書き方講座のあの「ヨウコ」に繋がることになるのだ。それも含め、この話は、また、いつの日にか。
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