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2020年07月18日00:34

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ホラーでないけど不思議、その11

 エロ本の撮影モデル、それもマニア雑誌の撮影モデルというのは、いかれた女の子が多かった。子供でもないのに、そのキャラクタープリントの服はおかしいだろうという女の子。撮影だというのに、ぬいぐるみを抱いたまま現場に来る女の子。真夏にロングコートで来るような女の子。いかれた女の子には慣れていた。たいていのことには驚かなかった。
 その日の撮影は、会社集合だった。これは珍しいことではなかった。少し、郊外の野外撮影からはじめるような時には、喫茶店よりも、会社に集合し、そこでメイクを入れてもらって野外撮影現場に向かうほうが効率的だったりしたからだ。
 撮影の集合に遅刻することのない筆者だが、会社集合となれば、ギリギリまでそこで仕事をしていたりするので、モデルと会ったのは、メイクの途中だった。モデルの女の子には、いかれた感じはなかった。薄い茶色の落ち着いた、そして、夏らしい揺れて動くデザインの涼し気なワンピース。美人ではないが、知性的な顔をしていた。挨拶の仕方にも問題はなかった。
 ただ、モデルの物と思われるカバンと夏用の薄いジャケットが置かれた机にはカバンと同じぐらいのけっこうな大きさの人形が置かれていた。リカちゃん人形というよりは、抱き人形に近いが、市松人形のような精密さはなかった。安いビニール素材に見える人形だった。
 それを見て、落ち着いて見えるが、やっぱりいかれているんだな、と、筆者は思った。
 ところが、挨拶した後、別の仕事の打ち合わせをして、編集者に呼ばれて車に乗り込もうとしたときには、筆者が最後となったようだった。筆者には、乗用車の後部座席で、モデルの隣の席が用意されていた。モデルはカバンを隣に置いていたが人形は持っていなかった。もしかしたら、あれは会社の誰かが撮影用に用意した物で、彼女の物ではなかったのかもしれない、と、筆者はそう思った。やっぱりモデルはいかれた女の子ではなかったのか、と、そう思った。
 野外撮影現場に着くと、少しメイクが直される。メイクの間も筆者はモデルと話をする。気分をほぐしておくことも仕事の一つだからだ。そこにカメラマン助手の男がやって来た。
「後部座席のお人形、小道具ですか」
 筆者はとっさに「いや、彼女の私物だよね」と、彼とモデルの女の子の双方に向かって言った。モデルは「人形を持って来いなんて言われてませんけど」と、言った。
 助手は、あれ、と、不思議そうな顔で車に戻り、再び、やって来て「お人形、錯覚でした。彼女のカバンと間違えたみたいです」と、笑った。カバンと人形を間違えたりするものだろうか。
 そのまま、野外撮影が終わり、スタジオに入って撮影が再開された。それまでは何もなかった。ところが、撮影の途中でカメラマンがしきりと首をひねりはじめたのだ。
「ねえ、あの人形、邪魔じゃない。何か意図でもあるの。ただの飾りなら、どかしていいかなあ」
 彼はファインダーを覗いてそう言った。モデルのそばにも後ろにも人形などない。筆者は、どれですか、と、ファインダーを覗かせてもらったが人形など写り込んではいなかった。
「人形なんてありませんよ」
「あれ、本当だ」
「先生は、悪いことばかりしているから、水子の霊でも出て来てるんじゃないですか」
「俺とはかぎらないだろう。水子の霊っていうなら、全員に心当たりあるだろう」
 しかし、撮影はそのまま何事もなく終わった。その後、人形はどこにも現れなかった。帰りの車の中で、いちおう彼女に、白いドレスの人形なんて持ってないよね、と、尋ねたが、彼女は「私、子供の頃から、ぬいぐるみとかお人形っているのが嫌いだったんです。お人形の代わりにサッカーボールが二つも部屋に置いてあるような女の子だったんです」と、答えた。
 筆者は、もしかしたら、その日に撮影されたフィルムのどこかに人形が写っているのでは、と、そうも思ったのだが、人形はどこにも写りこんでいなかった。ただそれだけの話。ただそれだけの、しかし、不思議な話だった。
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