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2019年04月28日01:09

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遠い記憶のエロ小説、その9

 素敵なママが経営するSМクラブだったのに、一年ともたずになくなってしまった。女王様としてのママの人気もそこそこだったし、女の子たちもそれなりに活躍していた。経済的にはつぶれるような理由はないはずなのに、あるとき、跡形もなく消えてしまっていたのだ。そうしたケースでは、そこにいた女の子たちと別のSМクラブの取材などで会うものなのだが、そのSМクラブに関係した女の子たちには、誰とも会うことがなかった。
 下北沢という風俗としては少し変わった場所にあり、事務所兼待機室にプレイルームが二つ。さらに、近所にプレイルームが一つあった。ラブホテルの利用もしていたが、基本はプレイルームを使っていた。
 面白いのは、その待機室だった。SМクラブには待機室に書棚があり、そこに誰も読んではいないだろうと思うような書籍を並べているのは珍しくもなかった。しかし、そのクラブの書棚には奇妙な小説や学術書が並んでいたのだ。学術書といっても、その内容はオカルトや犯罪ものばかり。小説にも奇妙なものがあった。
 そして、そうした奇妙な書籍好きの筆者に、ママはときどき本を貸してくれた。
 その本もそうだった。タイトルの記憶はない。ストーリーは野外調教のマニアのドキュメンタリーのようなものだった。ドキュメンタリーなので、日時や場所の記述がきちんとしていた。その上、地図や風景描写が見事なのだ。筆者はその本に出て来たいくつかの場所に実際に行ってみたのだが、まさに、読んだ通りの風景をそこに見るのだった。全裸の女に路上で鞭を打つというシーンがあった。そんなことが出来るはずがない、と、そう思って当時のお台場に行って見ると、なるほど、それが可能は大きな道路があった。道路は大きいが車さえめったに通らない、そんな場所があったのだ。しかも、実際に、そこに行ってみると、ああ、ここだ、ここで女は鞭を打たれたのに違いない、と、そう思える場所が見つかるのだった。
 その当時は筆者もSМ雑誌を作っていたので、野外撮影の参考にもなる、その小説を返したくなかった。ママに譲ってくれるように交渉したが、ママは、その本は知り合いからもらったものだから譲れないと、言った。今のようにインターネットなどない時代なのだ。書籍にあった出版社には、もちろん、電話を入れてみたのだが、その時にはすでに電話は通じていなかった。そうしたマイナーエロ小説出版社はエロ雑誌出版社よりも、つぶれるのが早かったのだ。
 筆者は、何度となく、ママのSМクラブに通い、ときどき、その本を見せてもらい、そして、必要な情報をメモさせてもらっていた。
「ああ、そこの山は電車で行くと大変だから車でないと」
 と、筆者のメモを見ていたママが言ったことがあった。ママもその小説に出て来たいくつかの場所に行っているのだろうな、と、筆者は思った。
 ママの店が消えてから数年後。筆者は、女性名でマニア小説を書いて単行本にしないかという話をもらった。その時、何故か、筆者はママのことを思い出したのだ。男が女性の名でエロ小説を書くのは当たり前のことだった。しかし、もしかしたら女が男性名でエロ小説を書くこともあったのではないだろうか、と、そんなことが頭を過ったのだ。あの小説を書いたのはママで、あの小説に出て来た女はママだったのではないだろうか。いや、ママが本当に女王様だったとすれば、あれは男女が逆。つまり、女のママが男名で、Sの女である主人公を男に替え、М男をМ女に替えて小説にしたのかもしれないというわけなのだ。少し混乱するがあり得ない話ではない。
 思えば、優しい文体だった。風景の記述や心理描写の細やかさは女性的なものだった。
 真相は、その小説を手に入れることさえ出来ない今となっては、もう、分かりようのない話だ。遠い記憶の底で、ときどき、キラリと輝く不思議なエロでしかなくなってしまったのだ。
 こんなものを書いていたからなのだろう。昨夜、そのママの夢を見た。夢の中のママには顔がなかった。顔が思い出せないのだ。
 何もかもが遠い記憶の底。遠過ぎる記憶の彼方に行ってしまったのだ。
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