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2018年12月24日00:23

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午前二時のエロ本屋

 午前二時も筆者はエロ本屋だった。
 あの頃。あの頃とは今から四十年前とは言わないがそれに近いぐらい前のことだと思う。SМ雑誌は、まだ、小説中心で、いくつかのビニールに入ったミニ写真集、いわゆる「ビニ本」と呼ばれるものの中に、少しSМがあったぐらいだった。まだ、ビデオははじまったばかりで、SМモノもあったのだろうが、少なかったと記憶している。このあたりの記憶は、少し食い違っている。それほど昔ということなのだ。
 そんな時代にもSМパーティというものはあった。その頃のSМパーティは都内のホテルを無断で使用するか、あるいは、誰かの持ち物であるところの別荘で行われることが多かった。もしかしたら貸別荘だったのかもしれない。あまり記憶がないのだ。
 そして、その頃のそうしたパーティの参加者は、何しろ年齢が高かった。男も女も高齢だったのだ。若いのは緊縛やスカトロのモデルとなる女の子なのだが、それさえ三十歳は過ぎていた。あの頃のSМマニアの三十歳は子供に等しい年齢だったのだ。
 夕方の六時ぐらいから車で乗り付けるカップルやマニアの男たち。八時には宴会がはじまり、そこでSМショーとなり、スワップしたいカップルはスワップをはじめ、深夜零時を過ぎる頃には、一人、二人と寝始める。筆者はその頃SМ交際誌という、SМとスワッピングの中間のような雑誌を編集していた。学生編集長だったのだ。
 その関係で、そうしたパーティの取材が許されていた。もちろん、写真撮影は出来ない。観て、体験して、その雰囲気をイメージ写真やイラスト、主に文章で伝えなければならなかったのだ。
 しかし、文章でそうした雰囲気を伝えるのは難しかった。ましてや、筆者自身が経験の少ない子供のような年齢だったのだから、いろいろと無理があったのだ。
 午前一時には、起きている人が少なくなる。何故か男は早く寝ていたので、起きているのは筆者と女ばかりとなり、午前二時に起きているのは、筆者とあと一人ぐらい。たいていそうなったものだった。
 その夜もそうだった。
 モデルの女の子、女の子と言っても三十二歳だと言っていた。それを信じても、今の時代なら、そう若くはない。しかし、あの頃は、それでも、若くて可愛い感じがした。その女の子が起きている筆者に、近くに湖があるらしいので、そこに行きたい、と、そう言って来た。筆者がお酒を飲まずに仕事をしていることを彼女は知っていたのだ。そして、筆者が自分の車でそこに来ていたことも知っていたのだろう。
 彼女の持っている地図を見ると、車で行けば十分、十五分で着きそうだった。しかし、そんな時間に湖など見ても楽しいものではない。楽しいはずがない。そうは思ったが、それ以上に筆者は、つい数時間前に、たくさんの男女の中で縛られ、犯され、そして、女性や男性のその部分を舐めさせられていた彼女とのドライブには興味があったので、行ってみることにした。
「暗いね」
「こんな時間ですからね。肝試しに来たみたいになっちゃいましたよね」
「肝試し。野外プレイじゃなくて」
「だって、してくれないでしょ。いや、もう、今夜はそんな気分じゃないですよね。むしろ、幽霊でも見たいって、そんな気分なんじゃないですか」
「あなたって、若そうだけど、М女の気持ち、すごい分かるのね」
「私もМですから」
 お互いがМということにしておけば、おかしな誘いがない。そんな状況で誘われるのが危険だということをすでに筆者は知っていたのだ。そうしたトラブルで痛い目に遭ったエロ本屋の先輩をすでに何人も見ていたからだ。
「じゃあ、分かるでしょ。自分が望んでしたことよ。自分が望んでここに来たのよ。お金だってもらえたしね。でもね。後悔しちゃうの。どうして自分はあんなことしちゃったんだろうってね。惨めだった。嫌だった」
「分かります」
 分かってはいなかった。
「綺麗な人いたでしょう。女社長って言っていた人。あの人ね。お尻の穴を舐めさせているとき、少し、ウンチを出したのよ。少しよ。すぐに引っ込めたのよ。でも、舌には触れたの。味なんてなかったから平気よ。でもね。そのことを、皆には黙っているのね。それで、私にだけ、聞こえるように耳元で、こっそりと、可愛いわ、今度はこっそり食べられるわよね、と、そう言ったのよ。ウンチを出したなんて、私には言えなかったの。言えるはずないでしょ。だって、あんなに人がいる中で、彼女に恥をかかせられないでしょ。だって、あんなに綺麗な人なんだから。でも、今度はこっそり食べるなんて、そんなの無理でしょ。無理よ。無理なのよ。でも、でも、きっと、私は次も誘われたらここに来ると思うの」
「分かります」
 分かってはいないが、他に、言葉もなかった。
「少しだけ泣いてもいい。そうしたら帰るから、あなたも、まだ、仕事あるんでしょ」
 そう言って彼女は筆者の隣で泣いた。筆者の胸とか肩に寄り添って泣くのかと思ったが、ただ、隣で泣いた。街灯のない湖は、車のライトを切れば何も見えなかった。幽霊さえ見えないほど暗かった。もっとも、すすり泣く女の前にすすり泣く幽霊は出ないような気もした。
 何かを期待していたわけではない。期待してはいけない、と、すでにエロ本屋として、そう自覚していたぐらいなのだから。それでも、もしかしたら、野外で少しはエッチなことが出来るのではないかと思ったりもした。せめて、アソコぐらい見せられるのかもしれない、と、そう思ったりもした。しかし、何もない。すすり泣く女の子の隣で、ただ、暗い気持ちを分けてもらうぐらいしかない。何もない。それしかない。
 あの時、筆者は思ったのだ。
 エロ本屋というのは、エロのきっかけを作り、そして、エロの始末をする仕事なのかもしれない、と、そう思ったのだ。ようするに、誰かのエッチのためのティッシュを用意し、誰かがエッチに使ったティッシュをゴミ箱に入れるのが、エロ本屋の仕事だというわけなのだ。そして、その考えは今も変わっていない。そんなものなのだ、エロ本屋なんて。
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