mixiユーザー(id:2938771)

2018年12月22日16:06

116 view

午前零時のエロ本屋

 午前零時も筆者はエロ本屋だった。
 まだ、携帯電話さえ持っていなかった頃。地方の風俗取材は、たいてい午前零時までには終わった。面白いことに、オカルト雑誌のようなメジャー雑誌のほうが、エロ本よりも、少しばかりおおらかだった。つまり、地方のオカルト取材に女の子と二人ということが珍しくもなかったのだ。ところがエロ雑誌ではなかった。エロ雑誌の地方取材は一人で行くか、少し優雅になっても男と二人で行く。どこの地方の取材だったとしても、宿泊は安いビジネスホテルだ。一泊五千円以下のホテルを探すのだ。その狭い部屋で男と二人きりになる。これが、普通のビジネスならいい。ただ、男と二人で仕事に来ているというだけのことなのだ。ところが、エロ本屋は違う。お互いに羞恥の全てを晒し合った者同士が一緒にいるのである。それは奇妙なものだった。
 その男とはビジネスのフィールドが違った。取り引きしている出版社が違うのだ。そうすれば、お互いの経費で取材に行けるのだ。電車や飛行機を使ったとしても現地のレンタカーの費用は折版出来る。車なら、そのまま、半分の経費になる。さらに、ページを稼ぐことの出来る体験取材が出来るのだ。自分の体験を相手に撮ってもらい、相手の体験を自分が撮るのだ。出版社のほうも心得たもので、この写真は誰が撮ったのだ、とまでは訊かない。体験写真に写っているのが手記を書くルポライターなら、それでいいのだ。
「いや、パンツぐらい穿いて出て来るだろう」
 その男はシャワーを浴びて、そのまま全裸で出て来た。部屋は狭い。ツインだがベッドとベッドの間はようやく人が立てるぐらいしか開いていない。
「どうせ、何もかも見せ合ってる仲で、いまさら、そういうこといいますか」
「まあ、そりゃそうだけどね。しかし、どうして、興奮状態なわけ、まさか、そっちもいけるとか」
「違いますよ。さっきの取材を見せられた興奮が甦ってるんですよ。あそこで、本気でオシッコをかけちゃうとは思いませんでしたよ。あの娘、すっごい驚いてましたよ。だって、顔ですよ」
「いけるかなって、そう思ってさ」
「あんな勇気ないなあ。いいなあ。ちょっと、抜いていいですか」
「お前、明日、イメクラの取材で出さなきゃならないんじゃないの」
「若いから平気ですよ」
 その男は、そう言って、隣のベッドにころがりこんだ。それを平気で眺めている。目を閉じてそれを激しく前後させている。見慣れている光景だった。体験取材では射精は普通のことなので、彼の射精も何度も見ていたからだ。しかし、その狭い部屋には、男二人が並んでいるだけなのだ。風俗嬢もモデルの女の子もいない。やっぱり奇妙だった。
「何か、話をしてくださいよ」
「いや、かえって邪魔かと思って」
 そう言った後、筆者は、彼のために、体験取材で女の子にオシッコをかけるという企画の話をした。そうしたプレイコースを作ってしまって、その取材ということにしようと言った。どこにかけたいと尋ねたりもした。彼は興奮していた。何故だか、筆者も興奮していた。
 薄汚く狭い地方のビジネスホテル。
 その男は自分の腹の上に興奮の液を漏らしたまま「奥田さんの話って興奮出来るんですよねえ。さすがエロ本屋って感じですよ。体験よりも興奮出来るんですから」と、そんなことを言い、そのまま眠ってしまった。夜中に車で走って地方に入り、午前中には喫茶店やゲームセンターで時間をつぶし、午後から何軒もの取材に入り、その中には、体験取材でSやМをやるものもあり、一度は射精もしている。夜は取材の間に打ち合わせや、地方マニアのインタビューなども入れる。いくら二人で経費の負担を分け合っているからとはいえ、やはり、地方取材は詰め込むのだ。ゆえに、疲労困憊なのだ。
「おい、本気で寝たのかよ。冗談なら、つまらないから止めろよ」
 返事がない。本気で寝てしまったのだ。仕方なく筆者は彼の腹の上のものをティッシュにとり、ハンドタオルをお湯で濡らして腹を拭き、掛布団の上に寝ている彼を強引に掛布団の下に入れた。まるで、同性の愛人の世話でもしているかのような気分だが、そんなことも平気で出来るようになってしまっていたのだ。汚れることを嫌うなら普通の仕事をして、エロはお金を使って遊ぶだけにしていればいいのだ。エロでお金を稼ぐなら、どこまで汚れてもいい覚悟が必要だったのだ。
 そんな覚悟が出来ていたからこそのエロ本屋だったのだ。しかし、それでも、安いビジネスホテルの窓から漏れてくるネオンの灯りを見つめていると、涙が出て来た。長時間の運転と途中の原稿書きで見つめたモニターとカメラのファインダーを覗いていたために、目が疲れていただけかもしれない。何でも知っている赤の他人の隣の男のイビキを聞きながら、筆者は眠れないまま、ただ、ただ、目頭を熱くしていた。エロ本屋なんてそんなものなのだ。

1 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2018年12月>
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031