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2018年12月17日00:26

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午後七時のエロ本屋

 午後七時も筆者はエロ本屋だった。
 午前十時の集合で都内のラブホテルで撮影をして、午後六時に終了するというのは、マニア撮影では、しばしばあるパターンだった。そこまでがラブホテルのサービスタイムで、撮影もそこまでの時間なら低料金でホテルを使用出来たからなのだ。
 都内といっても、さすがに新宿渋谷は無理なので、都心からは少し離れる。これが郊外のラブホテルなら解散は新宿あたりに戻ってということになるのだが、都内だと現地で解散し、モデルの女の子には電車で帰ってもらうことになる。そのほうがお互いのためなのだ。こちらは、新宿ではなく会社に戻れるし、モデルは撮影の後片付けを待たなくていいことになるからだ。
 そうしたマニア撮影はスタッフの人数も少ない。女の子と一対一ということも珍しくない。しかし、それだとさすがに不自由なので、こちらは二人というのが多かった。二人いれば、一人が女の子にからみ、一人がそれを撮るということが出来たからだ。
 何事もなく、撮影を終えて車に男と二人で乗り込む。少し前まで、お互いの裸を見つめ合った男と男が並んで座っているのだ。女の子の股間に顔を埋める姿を見た男が隣にいる。女の子のオシッコを浴びながら射精しているところを見ていた男が隣にいる。そんなことをした後に、一緒に遊んだ女の子と二人きりで帰るなら楽しいのかもしれない。しかし、女の子とは別れ、男と二人きりになるのだから奇妙なものである。撮影の疲れも出て、たいていは、お互いが無言になる。
 そんなときにかぎって渋滞にぶつかる。
 おかしなものだ。そのまま会社に帰ってしまえば何も感じないのに、渋滞などにぶつかるとお互いにものすごい自己嫌悪に襲われるのだ。あの頃は携帯電話もないから、外とは繋がらない。二人きりの空間。ほんの少し前、恍惚の表情で女の子の中に自らのモノを入れていた男が憂鬱そうな顔で隣に座っている。渋滞で車は進まない。電話もないので、そろそろ会社での仕事の進行状況が気になったりもする。今日までの原稿はきちんと会社に届いているのか。校正は終わっているのか。デザインは上がっているのか。いろいろなことが気になるが何も分からない。
「この仕事、辞めようと思ってるんですよ」
 あの時、隣で運転して男は、突然に、そんなことを囁いたのだった。少し前に、楽しそうに女の子の胸に顔を埋めていたのに、どうしたのだ、と、そう思うが、そんなことにも慣れていた。
「編集長には、もう、言ったのか」
「ええ。こんな仕事、いつまでもやっていて、いいものじゃないでしょ」
 こんな仕事をお前よりも何十年も余計にやって来た筆者にそれを言うか。
「せめて、企画通して、一度は編集長になって、好きな本を作って辞めたほうがよくないか。せっかく出版に来たんだから」
「別に好きな本もないんですよ。最初はエロが楽しいって思ったんですけどね。一年もやっていたら、自分がマニアでもないって分かりましたしね。マニアの人はいいですよ。やりたいこと出来るんですからね。でもね。純粋に仕事として考えたら、こんなとこ早く抜けたほうがいいって思っちゃったんですよ」
 そんなことは筆者だって思っちゃったんだ、何度も、何度も、思っちゃったんだ。お前は、筆者はマニアだから、異常だから、どうしようもない人間だから、クズだからエロ本屋でいていいけど、自分は違うから抜けると、そう言うのか。
「まあ、最後は自分が決めることだからな」
 少し偉そうに言ってみたものの。むしろその偉そうな口ぶりが余計に惨めさを誘った。
 午後七時。渋滞の車の中で、たった今まで、全裸で性を共にした赤の他人と、憂鬱だけを共有していた。この渋滞では、大事故を起こしてこいつと心中なんて、そんなことさえ無理なのだなあ、と、考えて、霞む都内の景色をただ眺めていた。それがエロ本屋というものだったのだ。

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