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2018年12月15日00:25

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午後六時のエロ本屋

 午後六時も筆者はエロ本屋だった。
 新宿のホテルの高層階の部屋から夕暮れの新宿を見下ろしていた。何度も、何度も見下ろした変わらない景色だった。そして、何度見下ろしても飽きることのない景色でもあった。新宿の午後六時は普通の街の午前七時だ。根拠などない。そう感じるのだ。街が少し少し活気に満ち始める時間だから、そう思うのかもしれない。
 一日をはじめようとする街、それを見下ろす。
 シティホテルのチャックインはたいてい午後三時だった。撮影でシティホテルを使うときには、三時から入って、六時は撮影佳境を迎える頃である。順調なら、七時には撮影を終わらせたい。ゆえに六時に外を眺める余裕などない。
 優雅に夕暮れの新宿を眺めるのは、オールナイトの秘密パーティを仕切るときなのだ。五時頃にチェックインする。三時からのチェックインだと怪しまれるからだ。五時に入り、六時までに準備を整え、モデルがいればモデルの女の子を待つ。緊縛師だとか取材カメラマンも六時に集合をかけておく。そして、秘密パーティに参加するお客は八時ぐらいから入れるのが通常だった。ゆえに、六時から優雅に外を眺めると言ったところで、三十分と余裕はない。それでも、一瞬、緊張を緩めたいと思うのだ。実は、秘密パーティを仕切るというのは、それほどまでにリスクが高いものだったのだ。
 雇っていたモデルが来ない、予定していたお客が来ない、お客同士がもめる、ケンカになる、カップルのお客の間で男女のトラブルが起きる、ホテルサイドにバレてもめる、そして、何より厄介なのは、警察あるいは非合法な集団の介入。すべてが順調でも、終わってみれば大赤字ということもあった。すべてが終わり、眠い目を擦りながらホテルの部屋を掃除していて何かが壊されているのを発見するということもある。最後の最後まで気を抜けないのが秘密パーティなのだ。
 お客はパーティ主催者に協力的とはかぎらない。いや、むしろ、お客は女の子の前でいい格好がしたいのか我が物顔で威張っておかしなことをする。ホテルの廊下に全裸の女の子を出す、大声を出す、禁じているのにスカトロプレイをはじめる。注意すても「こんな安ホテル、何したって平気だよ。少し気が弱過ぎるんじゃないの」と、逆に叱られてしまう。それなら、自分の名義でホテルを借りて自分でパーティを仕切ってくれ、と、そう思うが言えない。一人ともめるのはかまわない、しかし、一人ともめてしまえば、パーティが壊れてしまうのだ。面倒なお客はブラックリストの載せて次回からは呼ばないようにするしかない。その日は、トラブルなしで帰すしかないのだ。
 おかげで、パーティを主催しているようなマニア雑誌の編集者たちは、当時はたいてい都内ホテルではブラックリスト入りしていたはずだ。自分名義でホテルを借りようとすると断られるのだ。断られても強くは言えない。もともと、不当に使っているのは、こちらなのだから。
 午後六時。今夜は何もないままに終わって欲しいと願う。予定の女の子が来ますように。赤字にだけはなりませんように。トラブルが起きませんように。出来れば記事になりそうな写真も撮れますように。願いごとは正月の初詣の自分の願いごとより多い。八時にはじまれば、始発が動くまで、緊張の連続になる。それを覚悟し、どんなトラブルにも挫けない自分を確認し、それでも、一瞬だけ気を緩める。それが午後六時だったのだ。
 筆者はその一瞬だけ気の緩んだ時間が好きだった。秘密パーティを主催するのは、何も読者サービスのためでも、記事のためでもない。それによって作った資金を雑誌製作費の足しにしたかったからなのだ。ゆえに赤字は困ったのだ。そこまでしても、自分の望む雑誌を本を作りたかったのだ。まさに身を削って本を作っていたのである。肉体も精神も削って本を作っていたのである。それが、それこそがエロ本屋だったのだ。
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