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2018年10月03日01:01

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十月の書き方課題小説

「大きい、普通、普通、普通、小さい、普通、大きい、包茎ひどい」
 トイレから帰ると同じ受け付けの南田みどりが右手に銀製の小さなデザートスプーンを持ちながら、上下にそれを振って一人で何かをつぶやいていた。一流企業とは言えないが、それなりに名のある企業の一階受け付け。自動ドアを入って正面に私たちは座らせれている。しかし、来客はめったにない。あっても、たいていの客は私たちを素通りして右手のエレベータに乗って行く。
「暇」
「暇は知っているけど、今、何してたの、それに、手に何持ってるの」
「デザートスプーン」
「デザートスプーンよね。見れば分かるけど、どうして、そんな物持っていて、そして、それを振って、今、何してたの」
「あんまり暇だから、通りを歩く男のアソコの大きさを確認してたの。あ、人事部の高木だ。大きい、と」
「え、高木さん、やっちゃったの」
「やらないわよ。あんなしょぼくれ。でも、あの、ぬぼーとした鼻とムダに大きな手はアソコも大きいものなのよ」
「その話。本当なの。聞いたことないけど。あ、経理の松木」
「小さい。いや、極小の包茎。でも仮性かな」
 そう言いながら、みどりは器用にスプーンを指で回して手の平に隠した。そして、スプーンを左手に持ちかえると、私に右の手の平を見せた。そこには赤くなった痕がついていた。少し血がにじんでいるようにも見えた。
「どうしたの」
「総務のエセ男の飲みの誘い断ったら、それから、もう、何かにつけてネチネチやられるのよ。今日も朝から給湯室で、ネチネチ、ネチネチやられて。たいしたことじゃないのよ。エセ男のところに来たお客を別の部署に通したってだけなのよ。だって、そのお客、エノキって言うんだもの。エダキノって、どう考えても聞こえなかったのよ。そんな相手に対してさあ、訛りがきついので、もう一度お願いします、なんて言い難いじゃない」
「いるねえ。名前が訛ってるのって、かんべんしてほしいよねえ。それで、その傷はどうしたの」
「洗ってたのよ。運悪くデザートスプーンをね。それで、あまりに頭に来て、ぎゅってね。辞めちゃおうかなあ、こんな会社」
「でも、結婚までの肩書にはけっこういいと思わない」
「そう思うから、この手の平なんじゃない。給料も安いしね。肩書にはなるけど、ちょっと、この会社では結婚相手は捜したくないしね。結婚相手どころか恋愛も嫌。こんな会社の社員ってだけでお断り」
「ねえ、ところで、今朝、バック見たわよ。エルメスでしょ。ねえ。あれ、彼のプレゼントとかそういうのなの」
 私たちの安月給では、ローンを組んでもエルメスは難しい。
「自分で買ったのよ。ちょっとしたアルバイトしているから」
「ええ、だって、禁止でしょ」
「いらっしゃいませ」
 二人は自動ドアから一直線に私たちを目指して歩いて来た若い男に対して声を揃えて言った。きちんとおじぎをして、にこやかさも演出する。
「このビル。トイレあるの」
「いえ、こちらにはございません。三軒先にショッピングセンターがありまして、そこの二階にトイレはあるようですよ」
「あ、そう。ここだってトイレぐらいあるでしょ。貸してくれたっていいのに」
「申し訳けありません。関係者以外の方は立ち入れない規則になっていますので」
「トイレぐらいいいと思うけどね」
 そう捨て台詞を言って男は去って行った。
「あれはどう」
「ムダに大きくて柔らかな包茎。皮は普通よりかなり長いかな。俺のは大きいからいいだろうって突くんだけど、柔らかいから少しもよくない」
「詳しい」
「いちおうね」
「プロみたい」
「いちおう、プロみたいなものなんじゃない」
「どういう意味」
「デリよ」
「デリヘル」
「知ってるじゃない」
「私、SМだから」
「ええ、あなたも風俗なの」
「でも、SМじゃあエルメスまで届かない。まあ、会社辞めて早い時間から店に出ればいいのかもしれないけど。夜は女の子も多いしね」
「でも、本番なしでしょ。どっち、Мなの、女王様なの」
「女王様」
「どうして、趣味」
「アソコがね。弱いのよ。どうも、小さいみたいなの。だから本番ありの風俗はちょっと無理なのよ。М女もね、バイブがあるから無理なのよ。男って、たいていバカだからバイブなんて、もう、力任せにガンガン抜き差しするでしょ。痛いのよ。それで面倒臭いけど女王様。本当に面倒臭いけどね」
「ええ、でも、男に座って、アソコ舐めさせて、下手だったら鞭打ってればいいんでしょ。楽じゃない」
 みどりは、デザートスプーンをいつの間にか右手に持ちかえていて、それを鞭のように振って見せた。午後二時。ロビーはシーンとしていた。
「労働としては楽なものだけどね。でも、愛撫を下手って言い難いのよ。店でね。禁じられてるの。愛撫は上手って言ってやりなってね。だから、たいていのМ男は自分は女王様を喜ばせる愛撫が出来るって信じているのよ。そのわりに、たいていのМ男は自分本位の愛撫しかしないから、チョー、超ー、下手くそなのよ。それを上手だね、すごいねってね。この下手くそって思いながら、そう言うの、けっこう疲れるのよね」
「分かる。デリも同じよ。感じたふりって重労働よね。でも。ほら、それってプレイべーとでも一緒じゃない。愛撫もインサートも下手だったとしても、顔がいいか、金持ってるか、両親が死んでるかだったら、まあ、感じてるふりするじゃない。あんまりインサートが痛いと、いったふりしてオシッコしちゃうのよ。それで男は大喜びよ」
「オシッコ好きだから」
「違うわよ。潮吹きだと思うわけよ。軽いものよ。それでね。こんなのはじめてって言ってやれば、それで終了。次からは痛くなる少し前にオシッコしちゃえば、それでアソコは大丈夫。だいたいさあ。意味なく、ズコバコして、女が感じると思っている男なんて、そもそもが単純なんだからね」
「それにしても暇ねえ」
「暇を目当てに受け付け嬢になったんだけどね。こう暇だと苦痛よねえ。転職しようかなあ。でも、転職って婚姻条件として不利になるのよねえ。転職と移り気と同じだと思っているバカ男が多いからねえ」
 そうなのだ。そして、私はどこかで結婚を望んでいたのだ。いや、焦らされていたのだ。親に、友人たちに、社会に。
 みどりは、この会社には将来有望な男はいない、会社自体が将来有望じゃないから、と、そう言っていたが、私はこの会社の男と付き合っていたのだ。つい、一か月前まで。
 営業の池谷という将来有望な新人で、大学のときにはサッカー部と聞いて、スタイルと顔はもう一つだったが妥協出来ると思って近づいたのだ。落とすのはかんたんだった。最近の男は、少し面倒をみて、お姉さまふうを装えば、それで落ちるのだ。女王様という風俗業は男を落とすための役に立つアルバイトにもなっていた。
 大学時代にサッカー部というわりに二十代後半にして腹が出ていたが、これは社会人になってからの油断だと、最初、私はそう思ったのだ。しかし、実際には、サッカーサークルで、ほとんど趣味に近いものだった。営業として将来有望と言われていたが、みどりの言うように会社そのもが有望ではないのだから、それも、あまり期待出来ない。何よりもセックスがダメだった。
 セックスは三度目のデート。デートも貧乏臭く平凡だった。安い居酒屋からのカラオケボックス。歌が得意らしいが、音程が正しく上手な自分に酔っているだけで、聴いていて楽しくなるようなものではない。ようするに自己満足なのだ。その自己満足がそのままセックスにも出ていた。カラオケボックスで終電がなくなり、そのままラブホテル。ムードもなにもない。お互い、年齢も年齢だから、少女漫画のようなムードを求めているわけではない。しかし、あまりにもムードがなさ過ぎるのだ。そのくせ、ラブホテルだけは使い慣れているようなところも気に入らなかった。もっとも、こちらは知らないふりをしているだけで、ラブホテルについては彼よりも、よほど数をこなしているのだ。
 男は脱いでもだらしない身体だった。太っているというほどではないのに、適度に脂肪を蓄えている。その上、アソコは小さい。小さいのはいいのだ。むしろ、好都合だった。普通サイズでも私には痛いのだから。それにアソコは大きいよりも小さいほうがセックスが丁寧だったりするものなのだ。しかし、彼は違った。自らのそれが小さいということにコンプレックスを抱いていないのだ。そこにコンプレックスがあるからこそセックスが丁寧になるのだが、彼のセックスは雑だった。
 別々にシャワーを浴び、全裸で出て来た私のおっぱりばかりを時間をかけて、しゃぶり続けたかと思うとフェラチオを要求して来た。そちらはそこそこでインサート。すぐに果てるのも、これは私も望むところなのだが、その後がよくない。また、おっぱいにむしゃぶりついて来たのだ。最初こそ、ああ、終わってからも愛撫してくれるんだ、と、思ったが、それは愛撫なんてものじゃない。まるで、赤ちゃんが母乳にありついたように、しゃぶりつくだけだった。ようするに甘えたいのだ。甘えたいのはこちらなのだ。私に甘えたいなら金を払えよ、と、そう思った。
 もう一度我慢して、五度目のデートは断った。
 みどりは、少し無口になってからも、デザートスプーンを離さなかった。大きなテーブルの下で器用にそれをクルクルと回していた。その指の器用さに、私は、少し性的興奮を誘われてしまった。あんなふうに男もしてくれたらいいのに、と、そう思ってしまったのだ。
「うーん。やっぱり辞めよう。辞める前に、あのエセ男を怒鳴りつけてやろう。大げんかを見せつけ、辞めてやると叫んで、あのエセ男のせいで辞めるんだというのを見せつけて辞めてやろう」
「辞めてどうするの」
「風俗で稼いでお店でもやろうかな。お金出してもいいってお客もけっこう掴んでるしね。ここでニコニコしているのも、お店でニコニコしているのも同じでしょ。だったら、お店のほうが稼げるしね」
 それはそうなのだ。私は子供の頃から何の才能もなかった。何かが劣るということもなかった。別に美人ではないけど、男には好かれる程度の容姿ではあるし、別に成績も劣っているというほどのこともないかったが、優秀でもない。スポーツも苦手なものはないけど、得意なものもない。友達は少なくなかった。しかし、私でなければ、と、そんなタイプではなく、私もいたほうがいいかな、と、そんな程度で友達にされていたような気がする。
 アソコが狭くて濡れ難いと知ったのは、処女喪失から五人目ぐらいの男だった。処女だから痛いが五人目でも痛かったのだ。セックスが痛いばかりだと諦めたとき、男に対する幻想も失った。風俗嬢になったのはその頃だった。まだ、大学二年の頃だったのだ。一夜かぎりの男性経験ばかりが増えたので、遊び人のように思われたりもしたが、実際には、セックスの合う相手がいるのではないかと彷徨った結果に過ぎなかった。フラフラと男遊びをしていたのではなく、私なりに必死だったのだ。
「ねえ、そのスプーン、私にくれない」
「これ、会社の備品だけど、別にかまわないでしょうね。でも、何するの、こんなの安物よ」
「なんとなく愛着が出るちゃったの。そのスプーンって、そのサイズじゃなきゃダメなのに、実際には、あまり役に立たないでしょ。でも、ほら、アイスなんて、やっぱり、それで食べたいじゃない。フルーツだって。でも、やっぱり、要らないような気もする。小さくて便利で不必要。ちょっとね。大事にしたいなって」
「世界中のデザートスプーンでも集めはじめる気なの。かなり変な趣味よ。SМより変な趣味になっちゃうわよ」
 それもいいかな。そう思った。
「会社。私も辞めよう。ねえ。お店って、何やるの。私も加えてくれない。少しは貯金もあるよ。もう少し頑張れば、もう少し増やせるよ。女王様で、今までやってなかったプレイも入れるから。ねえ。二人でお金出し合わない。スポンサーつけるより、そのほうが儲かるでしょ」
「いいね。それなら、こうしよう。お互い、後、一年、この会社で我慢して、その間、お金貯めて戦略練って、二人の仲が一年の間、壊れなかったら、一緒に何かやろう。風俗店やるってのも、ありかもしれないしね」
 そう言って、みどりはデザートスプーンを私の手の中に入れ、そして、その手を両手で握ってきた。彼女の手よりも、握らされたスプーンのほうが少し熱く感じられた。
「いらっしゃいませ」 
 受け付けにお客が来た。

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