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2018年07月27日01:14

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あれはやっぱり怖かった、その7

人形その3

 ファミレスで原稿を書く予定がそのまま眠り、日帰り温泉の開いている時間を過ぎてしまった。あわてて予定の温泉に移動し、温泉に入り、休憩室で原稿を書くつもりが、そこでも眠ってしまった。
 幸い、二件のインタビュー記事は予定通りにとれた。そして、現地の旧家に到着したのが、午後五時だった。
 都会の貧乏育ちの筆者には信じられないような大きな家。広大な敷地。もしかしたら、たまに贅沢で行く温泉旅館よりも大きいのではないかと思えるような大きさだった。
 調査依頼は、ごく稀にしか存在しない筆者のファンという妹の提案によるものだったが、これも珍しいことに、両親もそれには賛成していたらしい。そうしたケースでは、たいてい、子供が提案し、両親がそれに反対しているものなのだ。筆者はそれを、まあ、遊びみたいなものですから、と、説得して何とか取材にしていたものだった。その説得の手間が要らなかったのだ。
 父親は特に上機嫌だった。そして、家族全員がそれぞれの恐怖体験を語ってくれた。祖母がいたらしいが、この人は病気ということで離れにいて出て来なかった。恐怖体験は従って、両親と姉妹、主な被害者は姉妹のようだった。ただし、内容はどうということもない。当時の流行だろうかラップ音というのが、もっとも多く、音楽が聞こえた。人の声がした。そして、何よりも家族全員で言うのが、人形が動く、人形が歩いていた、人形が見ていた、と、人形に関するものだった。
 筆者は話を聞きながら、お茶やお菓子を必死に断り、夕方から、どうしても、もう一件の取材をしなければならないと夕食の誘いも断った。怖いのだ。以前に睡眠薬を使われたことがあったからなのだ。オカルト雑誌の読者は、自らの恐怖体験を本当だと信じさせたいがゆえに、こちらを騙しに来るのだ。別に、こちらを騙して雑誌に掲載させようとか、それによって、ちょっとした主役気分を味合いたいというわけではないのだ。ただ、せっかく来てもらったのに、何も起きないと、自分が嘘を言っているように思われる、と、それが嫌らしいのだ。
 心霊的な言い訳けをして、現地のものを口にしないと筆者は言っていた。つまり、霊は口から侵入するという奇妙な論理なのだ。奇妙だが、もともと霊が奇妙なのだから、これが意外なほど、信じてもらえたのだ。
 筆者は人形と寝る部屋に案内してもらって、まずは、その人形の大きさに驚いた。腰まであると書いたらオーバーかもしれないが、筆者の短い脚ぐらいの高さの人形なのだ。しかも、ガラスケースに入っている。その他にも、木彫りの竜や熊、陶器の壺などが部屋の入口に飾られていて、部屋の奥の床の間らしいところにも複数の造形物があった。どうやらすでに他界している祖父の集めた物らしいのだ。
 問題の人形をガラスケース越しに見つめた。動く人形はたいてい三十センチ程度の物だ。こんな大きさでは考え難い。とにかく、一晩、その人形と過ごしてみて、写真は明日の昼間に撮らせてもらうことにして、筆者は、別の取材のために、一度、その家を出た。別の取材は実はない。夕食をしない口実なだけだ。ゆえに、外で食事をして、少し時間をつぶし、十時に再び戻った。すでに、両親は寝る支度をしていた。姉妹もパジャマなのだ。高校生の歳の近い姉妹はその当時はまだ若い男だった筆者にあまりにも無警戒だった。思えば、両親にしても、いささか無警戒過ぎるような気がした。
 筆者が人形と寝る部屋には、すでに布団が敷かれていた。その部屋に姉妹で来て、怪談話や、筆者の体験話を少し聞いていたのだが、気が付けば十二時を過ぎていた。さすがに、母親が部屋まで来て、二人に寝るように促し、筆者にも遅くまで付き合わせてしまって、と、詫びて、姉妹に代わって部屋の外に出て電気を消した。電気のスイッチがそこにしかないらしいのだ。
 部屋は、しかし、高窓から入る月明かりで、いくらか明るかった。そして、筆者は持って来ているモバイルを出して原稿を書こうと考えた。暗い部屋でも原稿が書ける準備は怠っていなかったのだ。
 悲鳴が聞こえたのは、そのモバイルを開いた瞬間だった。悲鳴は階下だ。姉妹のものではない、おそらく、母親のそれだ。部屋を飛び出そうとする筆者は入り口のガラスケースに人形のないのを確認した。部屋に入ったときは人形はあった。確認したわけではないが、大きなガラスケースなのだ。それが空だったら気づくはずなのだ。
 確かに、一度目に部屋に入ったときよりも部屋は暗かった。部屋の大きさにしては照明が暗かったからだ。しかし、あの大きな人形があるかないかぐらいは分かる。そもそも、入って来たよりも、さらに暗く、しかも、悲鳴にあわてて部屋を出ようとした筆者に、すぐにそれがないことを気づかせる、その人形はそれほど大きく存在感がある物だったのである。

 さて、あと一話で終わりとしよう。
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