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2018年07月23日14:38

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あれはやっぱり怖かった、その3

 オカルト雑誌は心霊写真競争になっていたようなところがあった。巻頭部分にどれだけ怖い写真を掲載出来るかで売り上げが変わったからだ。筆者たちはオカルト現場の取材をする一方で、この心霊写真なるものも捏造していた。筆者にとっては、オカルトはただの遊びだし、読者にしても、遊びと分かって楽しんでいるのだという気持ちがあったからだった。筆者は、読者が意外なほど本気だと分かってオカルト雑誌に関わるのを止めたのだ。
 その夜も、読者投稿写真の捏造を行っていた。幽霊騒動のあった廃屋の二階に等身大のポスターを置き、それを暗い外から撮るというものだった。ポスターを撮るぐらいなら、すぐに分かると思うかもしれないが、何しろ暗いのだ。しかも廃屋の半分割れた窓の向こうにポスターはあるのだから、意外と分からない。
 ところが、その夜の筆者たちは幸運だった。
 暴走族ふうのバイクが廃屋のそばの空き地に三台停まっていたのだ。廃屋の中からは、チラチラと灯りも見えた。暴走族はどういうわけかオカルトが好きなのだ。ゆえに、オカルト現場取材では、暴走族にはしばしば遭遇した。
「しばらく待ちましょうか」
 同行していたのは編集の女の子だった。
「いや、ここから心霊写真を撮らせてもらうよ」
「でも、準備を邪魔されませんか」
 女の子は暴走族に怯えていた。しかし、意外と彼らはオカルト雑誌も好きなので、その取材で来ている筆者たちは、彼らにとっては、ちょっとしたスターだったりしたのだ。たまに、盗難などのトラブルもあるようだったが、少なくとも筆者はそうした被害には遭わなかった。
「窓のところに来るからさ。そこを狙うんだよ。今夜はポスター設置の手間が省けたよ」
 無理して買った望遠レンズでチラチラと光の動く二階の窓を狙う。案の定、女が窓際に立った。容赦なくシャッターを押す。どうせ、顔など分からない。編集の女の子は筆者が何をしようとしているのかが分かったのかニッコリと笑った。そうやってオカルト現場に慣れて行くのだ。この女の子もこれで優秀なオカルト記者になれるはずだ、と、筆者はそう思いながら、シャッターを押し続けた。露出やシャッター速度を無意味に変えて何枚も撮るのだ。技術などないが、技術がないからこそ心霊写真はそれらしい雰囲気になるものなのだ。
 シャッターを押していると「ギャー」と叫び声がして、けたたましい足音が響いてきた。トラブルだ。たいていは事故なのだ。床が抜けたとか、柱が倒れたとかするのだ。ケガが大きくなければいいが、と、そう思いながら、筆者は車を降りた。暴走族にはケガの準備などないだろうが、こちらは、そうした修羅場に慣れているので、応急処置が出来るぐらいの準備があるし技術もある。むしろ、ケガの手当てや包帯を巻くほうが写真撮影よりも得意なぐらいなのだ。
 車を降りると、廃屋から三人の影が飛び出して来た。悪いことに、彼らは、そこに立つ筆者を見て、さらに怯えてしまったようだった。
「大丈夫か。何があった。連れの女の子は」
 筆者の声で彼らは、ようやく筆者がただの人間であることを確認したらしく、それぞれのバイクにまたがり「連れってなんだよ」と、叫んだ。
「女の子と一緒だったろう」
「知らねえよ。それより、死体だよ、死体がベッドに」
 そう言い残して、三人はけたたましいエンジン音とともに消えてしまった。幽霊ならいいが死体となると放置も出来ない。オカルト取材をさせてもらっている者の義務のようなものがあるのだ。事件なら、きちんと警察に通報しなければならない。幽霊ならともかく死体は物理的に存在しているものなので、いくらか怖くない。筆者は車から自分の大型の懐中電灯を取り出した。止めましょうよ、と繰り返し言う女の子には、車に残るようにと説得したが、怖がってそれは無理だった。残されるぐらいなら一緒に行くというので、仕方ないので、女の子と廃屋に入った。
 廃屋の内部はドアどころか壁の仕切りさえ無いに等しかった。軽く一階を見て二階に上がった。彼らは二階にいたと思われたので、死体があったとすれば二階のはずだと思ったからだ。
 ところが、二階部分にも、ほぼ、部屋を仕切るような壁はなく、家具もない。ただ、ガランとした空間で、死体どころか何もそこにはなかった。死体と勘違いしそうなものさえないのだ。
 その瞬間。女の子が筆者の腕をギュっと掴んだまま、まるで、幼い子供のように声を出して泣き出した。当然である。筆者たちは、暴走族の連れの女の子だと思って窓際に立った女の写真を撮っていたのだ。思えば、髪の長い白いワンピースの女は暴走族と一緒に深夜の肝試しに来るにしては不自然過ぎた。
 もし、同行している女の子が大声で泣いていなかったら、筆者もその場に蹲って動けなかったかもしれない。実際、膝は嫌というほど震えていた。
「白のツナギ来たヤツがいたような気がするよ。咄嗟のことで分からなかったけど、髪も長かったような気がする。それだけ、それだけだよ」
 強がってはみたものの、筆者のその声は震えていた。
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