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2018年07月21日00:54

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あれはやっぱり怖かった、その1

 深夜の廃校という企画で取材をしていた。男性カメラマンと二人。運転は彼、車も彼のものだった。オカルト取材では、何故かここが問題になる。不思議なのだが、運転している者が車の持ち主である場合のほうが、そうでない場合よりも安全なような気がするのだ。もちろん、そんなことには根拠などない。根拠はないが、しかし、そうしたことが気になるのがオカルト取材というものなのだ。
 彼の車は四駆だった。そして、彼は運転の腕もなかなかだった。この道を筆者の車で筆者の運転では、いささか無理があると思うような山の中に、その小学校はあった。山の中なのだ。都会育ちの筆者には、もう、それが分からない。こんな山の中腹に学校など作るものだろうか、と、そう思ってしまうのだ。
 小さな川があり、小さな木の橋がかかっている。彼はなんのためらいもなく、その橋を越えた。筆者なら、ためらって、一度、車を降り、安全を確かめるところだ。
 橋を渡ったところで、彼はおかしなことを言った。
「ここ、俺の通っていた小学校だよ」
 違う。彼の出身地は聞いていた。それに、もし、通っていた小学校なら、取材の計画の時点で気づいているはずなのだ。そのことを指摘すると、彼も運転しながら首をひねった。車は狭い校庭を横切った。
「あの校舎の裏に、もう一つ、小さな校舎があるんだよ。こっちからは見えないんだ。その小さな校舎のさらに向こうに体育館があるんだよ。木造の体育館だけどな。体育館というには、あまりにも小さいんだよ。それでも、雨の日なんかはそこで体育が出来たんだ」
「ここから転校したとか」
「いや、この県にさえ住んだことはない」
「じゃあ」
「さっきの橋。この校庭。あの校舎。すべて見覚えがある。ただ、この土地は知らない。転校したこともない」
「まあ、小学校なんて、どこも似たようなものだから」
 そう言って、車を停め、目の前の二階建ての校舎の裏に回ると、彼の言うとおり、一階建ての小さな校舎があった。美術室とか音楽室を集めて建て増ししたような校舎だ。しかし、そうした作りも小学校なら似たようなことになるのでは、と、そう思うのだが、その校舎につながるように体育館もあった。体育館の入り口のコンクリートの階段には、彼の言う通りの傷もあった。小学校時代に彼が友達と悪戯で彫った傷らしい。
「このさらに裏にお墓があるんだよ。いや、本物じゃなくて、学校の飼育動物のお墓、よくあるだろう、金魚のお墓とか、あれだよ。木切れに金魚とかうさぎとか書いてある。名前は書かないで、金魚とかうさぎとだけ書いたんだ」
 裏に回ると、なるほど、元は花壇だったのではないかと思われるところの隅にいくつかの木切れがあった。見ると、確かに、子供の字で、きんぎょ、などと書かれていた。
「その先に、体育館と校舎と、そして、裏山に囲まれた不思議な空間があるんだよ。そこ、見て来てくれないかなあ。いや、このカメラでそこの写真を撮っておいてくれないか。俺は、校舎周りを撮るから、ほら、二人で分担したほうが早く終わるだろう」
 確かにそうなのだが。ホラー取材では、常に二人で行動するのが常識だった。幽霊よりも、人や獣が怖いからだ。しかし、彼には逆らえない雰囲気があったのと、何しろ、その頃は筆者は駆け出しだったので、そこは素直に彼の言うことを聞き、カメラを一台借りて、そのまま、彼の言う空間を目指した。
 そこに行くと穴が掘ってあった。地方の学校には、ゴミ捨て場の穴は珍しくない。乱暴な話だが、昔はゴミなどを埋めるということも平気だったのだと思う。穴の中にはゴミはなかった。廃校となって十数年が過ぎていると聞いていたから当然と言えば当然だった。それでも、二つの建物と裏山に囲まれた空間とそこにある穴は面白いので、筆者はそれを撮った。その時、筆者は、あれ、と、そう思った。穴の底に、何か色鮮やかなものが見えたような気がしたのだ。まだ、デジカメなどない頃なので、モニターで確認するということは出来なかった。穴は人間が一人入れるぐらいの大きさだ。深さは、子供の身長ぐらい。背の低い筆者がそこに入ったら、首がようやく出るぐらいかもしれないと思われた。飛び込む勇気はない。もう一度シャッターをきった。ストロボが光る。今度はファインダーは覗いていない。底を見ていた。黄色いワンピースだ。少し土に埋まっている。驚いたなどという表現では不十分なほど、本当に驚いた。膝が震え、立っているのがやっとだった。ゴミ捨て場である。そこに誰かが子供服を捨てたとしてもおかしくない。しかし、一枚だけというのが分からない。車から距離がないとの深夜でも、そう暗くはなかったので、懐中電灯を持って来なかった、それを後悔した。嫌な予感のまま、もう一枚撮った。確認しておきたかったのだ。それが確かに洋服だけであることを。幸い、あったのは土に少し埋まったワンピース一枚だけだ。人間が着ているわけではなかった。
 震える膝を何とか維持して、ぎこちない歩き方のまま、筆者が車に戻ると、カメラマンはすでに帰る準備をして待っていた。
「遅いから心配したよ」
「え、もう、中は撮ったんですか」
「当たり前だよ。もう、四時だぜ。一時間近く、何してたんだよ」
 確かに、筆者たちが廃校に着いたのは深夜の三時ぐらいだった。しかし、一時間もそこにいたようには思えなかった。カメラマンに穴のことと、そこにあった黄色のワンピースの話をすると、カメラマンは震えていた。本当に黄色だったのかと何度も確認した。
 後日、編集部で現像したフィルムには確かに黄色のワンピースが写っていたのだが、それはただ捨てられたワンピースのようで、あまり怖い写真にはなっていたなかった。カメラマンは、しかし、その現像のあがりを確認することのないまま業界を去った。噂では、カメラマンとして出世したということだった。別に不幸になったわけではない。
 しかし、今も、筆者には分からないのだ。どうして、彼はあの学校のことを知っていたのか。どうして黄色いワンピースに怯えたのか。いや、もしかしたら、オカルトの名所であるから、彼は二度目の取材で、当時は、まだ、新人の筆者をからかっただけかもしれない。二度目の取材なら、前に来たときにワンピースを捨てたということも考えられる。
 その種明かしをして筆者を後でからかおうと思ったが、自分はもっといい仕事が決まり、そのことを彼は忘れてしまったのかもしれない。今、冷静に考えれば、それも考えられる。しかし、あの当時は、本当に恐ろしかったのだ。何しろ、膝が震えて上手く歩けないほどの恐怖の、あれが、はじめての体験だったのだから。
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