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2018年07月12日16:00

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文章実験室課題小説

 エロDVDを購入したことなどない。別にエロライフが充実しているというわけではない。しかし、ああしたもので性を満足させようということに興味がないのだ。昔から、エロ写真とかエロ映像で性を満足させようと思ったことがなかったのだ。
 しかし、新聞紙代の大きさの薄目の段ボールの封を解いて入っていたものは、紛れもなくDVD一枚、そして、どう使うのか分からないが木の板。木の板の茶色は本来の木の色ではない。ニスを雑に塗りつけたようなもので、いくつもの刀傷のようなものまで付いていた。それを素朴と言っていいかどうかは分からないが、何故だか、ノスタルジーのようなものは感じられた。他に入っているものは、布の目隠し。そして、それらの使用説明書。使用説明書に描かれているのは、お世辞にも上手とは言えない制服の女の子のイラスト。そして、古い木造の学校らしいもの。
 最初に、この商品を買った人にお勧めするための商品チラシを見ていなければ、私は、これがエログッズだと気づかなかったことだろう。チラシには、病院、別荘、地下室、廃屋、女子寮などがあった。
 どうやら、DVDには音声しか入っていないようだ。
 どうせ、くだらない男女の喘ぎ声が入っているだけなのだろう。しかし、映像でないというところには、少しばかり興味を持つことが出来た。とは言うものの、その興味はほんの僅かばかりのものだ。
 どうして、こんなものを買ったのか。
 先週の金曜日のことだ。会社の同僚と酒を飲み、そのあまりに退屈な会話に耐えられなくなり、具合が悪くなったと言い訳けして飲み会を抜け、いつものSМクラブに行ったのだ。いつもの女王様と、いつものプレイをした。それなりに興奮は出来るが、退屈は紛れなかった。
 そうだ。女王様の尻を顔に乗せたまま、不可思議な性の通販サイトの話を聞いたのだった。検索ワードは、ノスタルジー、不思議、性、催眠、牛の角の順番で入れなければならないと言っていた。退屈なプレイだが興奮は頂点に達しようとしていた。検索ワードの順番をきちんと記憶出来たかどうかに自信がなかった。
 射精し、蒸れた女の匂いから解放されたとき、私は、シャワーを促す女王様に、もう一度、そのサイトのことを尋ねてみた。気になったのだ。ところが、女王様は、私が何の話をしているのか理解しなかった。興奮し過ぎて夢でも見たのではないかと言うのだが、退屈なプレイでそこまで興奮しているはずもない。夢ではない。おかしいのは女王様のほうなのだが、それを強く言うほど、私は強くない。だからМなのだ。
 ノスタルジー、不思議、性、催眠までの検索ワードの意味は分かる。しかし、最後の牛の角が分からなかった。宗教がらみの、怪しい通販サイトの可能性もあった。SМクラブを出て、すぐに、深夜喫茶でそのサイトを検索しようとも思ったのだが、なんとなく勇気の出ないまま、私は、いつものショットバーで酒を飲み直したのだった。
 先週の金曜日のことで、私が記憶しているのはそこまでだった。
 パソコンの電源を入れ、DVDを入れ、その後で、先週の金曜日のサイトの履歴を見た。それらしい履歴は残っていなかった。おかしい。この手の通販は、メールに連動しているので、購入の確認はメールでしているはずなのだが、メールにもそれらしいものがない。商品は代引きだったので、このまま、詐欺だったとしたら、もう、諦めるしかないのかもしれない。何しろ、おかしなことに、別の商品を勧めるためのチラシにさえ、会社の住所も連絡先もなければ、サイトの情報さえ掲載されていないのだから。
 通信販売をビジネスにしているのに、これはない。しかし、詐欺なら、どうして、チラシまで入れて来る必要があるのだろうか。そこが分からなかった。
 詐欺なら詐欺でいい。何が入っているのか少し楽しみになった。
 その昔、恥ずかしい全裸のからみ、と、そうした写真の通販が相撲で負けている絵という話を聞いたことがある。私の恥ずかしいとこ、と、その写真ははみ出た口紅、秘密を守ってください、汚いと思わないでください、全部出すところまで見てください、と、その写真は、夜中にこっそりゴミ出しする主婦だったという話も聞いたことがある。
 取り扱い説明書には、弁当を前に置き、目隠しをし、板の上に両腕を置き、その腕に頭を乗せ、ヘッドホンで音声を聞くようにと指示がある。面倒なので、弁当までは用意しなかったが、その他のことには、いちおう従った。
 ヘッドホンから最初に聞こえて来たのは、遠くに聞こえるチャイムだった。エロ音声のはじまりとしては悪くないセンスだ。音声に気持ちが集中したからなのか、そうした音声編集になっているからなのかは分からないがチャイムの音にフェードインして、町工場で何かをプレスしているような音も聞こえてきた。これは、と、私は思った。
 声が入って来た。ガヤガヤとしたいくつもの声の中に、明日ね、とか、あとでね、とか、忘れ物だよ、と聞こえる。聞き取れないいくつもの声もある。机や椅子が木の床に引きずられる音も聞こえた。
 その音は次第にフェードアウトして行く。そして、それがフェードアウトすると同時に、木のバットで軟式のボールが打たれる音が入って来た。なかなかよく編集されている。
「ねえ、やったんでしょ。知ってるよ。ねえ、どうだったの。ねえ、ねえ、どこでやったの」
 左のヘッドホンから小さな女の声が聞こえてきた。しかし、それだけなのだ。話の続きがない。何をやったという話が聞こえてこない。代わりに遠くにあるらしい工場のサイレンのような音が聞こえて来た。一つのサイレンが鳴ると、それに重なるように、いくつかのサイレンが鳴りはじめた。夕刻が告げられ、部活動を、そろそろ終了するようにという校内放送も聞こえた。
「だめだってば、何してるの。ここ、学校だよ。もう、みんなが戻って来ちゃうから」
 右のヘッドホンから聞こえて来た。再びガヤガヤといくつもの声が聞こえ、その中に「お先に失礼します」と言う女の声が多く混ざり「買い食い禁止だからね」と、別の女の声が今度は左のヘッドホンから聞こえて来たりした。私の頭はすっかり混乱していた。
 気が付けば頬を直接に木の板につけて、下半身には何も付けていなかった。
「さっきの男子って痴漢でしょ。あんなことして、あれ、絶対に痴漢でしょ。どうする。先生に言ったほうがよくないかなあ。だって、あんなの考えられないでしょ」
 ドキリとした。聞こえて来たのは左で、声はややしっかりとした女の声だった。
「私、あの男子を知ってるの。あれ、先輩なの」
「知っているなら、なおさら、先生に言うべきでしょ」
「でも、可哀想でしょ。いい人なの。本当にいい先輩なの」
 そんな事件に心あたりがあるわけではない。しかし、頭の内側を筆で撫でられるような、そんな心地の悪さを感じていた。心地悪くはあるのだが、性的には興奮していた。
 ガラガラと、教室の戸が開けられるような音がしたかと思うと「まだいたの。何してたの」と、女の声が聞こえ「やだ、何してるの、エッチ」と、声は続いた。
 代引きで支払ったのは三千円だった。木の板も付いて三千円なのだ。私は弁当の匂いのなかったのを後悔させられた。あのすえた米の匂いは重要だったのだ。
 しかし、このセットは、明日も、明後日も使えるのだ。これで三千円とは、何と安いのだろうか。
 そう思って箱をひっくり返し、チラシをもう一度確認したが、やはり会社名らしきものは入っていない。そうだ。あの検索ワードだと思い付いて、それも何度も試したのだが、それらしい通販サイトは出て来なかった。
 チラシの一番下。本来なら社名や住所が入っていていい場所に、小さな文字で「この商品は牛角四つです」と書かれている。どうやら、牛角六つが最高に良い商品らしいのだ。チラシの中の別の商品にも、牛角が付けられている。女子トイレに牛角六つが付いている。欲しい。その商品がどうしても欲しい。
 もう、本当に、手に入らないのだろうか。それから私は何度も検索するのだが、見つからない。ときどき、それは私の見た幻想なのではないかと思うこともあるのだが、商品もチラシも、確かに目の前にあるのだ。
 それでも、見つからないのはどうしてなのだろうか。私は三千円が三万円でも、牛角六つの商品を買うつもりでいるというのに……。

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