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2017年11月24日17:05

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時代に埋もれた喫茶店(その3)

 あまりにも当たり前のことなのだが、上野には喫茶店はいくらでもあった。ところが、上野にはSМクラブが少なかった。湯島に抜ければラブホテルも多くある。そうした場所にはSМクラブが多く出来るはずなのだが、少なかった。
 上野の駅前に有名なSМクラブが一軒だけあり、ここには本当に良く通った。もしかしたら、筆者が取材記事をもっとも多く書いたのはその店だったかもしれない。
 だからだろうか、その店の先にSМクラブが出来たときには、そこの取材をするのが、少し後ろめたい気持ちになったものだった。何しろ、いつも世話になっているSМクラブを横目に別の店の取材に行くのだから。
 不思議なことに、その店を取材に行くときにだけ利用する喫茶店というのが出来た。上野の駅前の有名SМクラブの取材の前後で入るのは、アメ横の入り口付近の喫茶店で特に決めたりはしていなかった。
 しかし、その店に行くときには、路地裏の、かなりローカルな喫茶店だけを利用していたのだった。
 ガラス戸の古いタイプの喫茶店で、中はいつでも雑然としていた。喫茶店というよりは、田舎の祖父母の家という印象の店だった。今では、めったに見ることのないビロードのクッションのほとんどないソファー。カウンターはあるのだが、カウンターの前に椅子はなかった。四人掛けのテーブルが五つなので、バラバラのお客が五人でも満席になってしまうような店だった。しかし、座れなかったことなど一度もなかった。
 赤というのには、あまりにも似つかわしくない色のソファーには無数のたばこの焦げ跡があった。素材の分からないテーブルにも焦げ跡があった。
 何度通っても、同じ人なのかどうかも分からないような、そんな普通のおばさんがいた。愛想はない。同じ人かどうかは分からないがいつも本を読んでいた。やる気のない店だったのだ。
 筆者は取材を終えて、ため息と共にモバイルを開くことを習慣にしていた。その店でだけの習慣だった。どうして、ため息なのか。それは書くことがなかったからなのだ。一切の特徴のないSМクラブで、ごく普通の風俗嬢であるところのSМ嬢の取材をしても、書くことがないのだ。プレイも普通。料金も普通。女の子も普通。もちろんマニアではない。
 それでも、筆者は、何故か、そのSМクラブが好きだった。そして、その古い喫茶店が好きだった。
 やる気のない喫茶店で流しているのは有線放送の音楽だと思うのだが、なぜか「フィーリング」がヘビーローテーションしていたように思う。もしかしたら、選曲されて流されていたのだろうか。それとも、そんな気がしただけだったのだろうか。今となっては、そんなことは、分かりようもない。
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