落ち着かない場所だから、何かを書くのには、かえって落ち着くという不思議なことがあるものだ。
中目黒にあったその店は、ただの喫茶店なのだが、何しろ店内に色が多く、どれも濃いのだ。壁紙は朱色にオレンジに黒に白。くすんでいるのは白だけで、あとは、黒まで光沢を帯びて眩しいほどだった。テーブルの天板はさすがに木目調だったが、ステンレス製の足は原色の黄色に塗られていた。二階の店で窓はまるで木枠の格子窓ふうなのだが、窓枠は金属で、こちらは赤。その上、開いてはいるもののカーテンが青なのだ。
そんな落ち着かない店で、筆者はモバイルを開いて、たった今、体験して来たことを記事に仕上げるのだ。
コーヒーカップは地味な色合いの茶色で、コーヒーはサイフォンで淹れられる。マスターは真冬でもワイシャツ一枚で、七五三のような蝶ネクタイをしていた。地味なのだ。
もし、筆者が女の子とデートするなら、まあ、そんな心配をする必要など、今も、その当時もなかったのだが、それでも、デートするなら絶対に使いたくないと思うような店だった。少し歩けば駅前には普通の喫茶店がいくつかあった。しかし、そこには入らなかった。
女王様専科と言われるSМクラブは、まだ、何軒もなかった。その内の一軒の店がそのそばに出来たのだ。作ったのは知り合いの風俗嬢だった。彼女は、小柄で愛くるしい感じがした。いつもニコニコと楽しそうで、男の顔の上で排泄をしているときでさえニコニコと笑顔だった。他の女王様のような意地悪な笑みではなく、本当に楽しそうで嬉しそうだったのだ。
しかし、彼女がそれをするプレイルームは中世ヨーロッパの拷問部屋のようだった。もちろん、SМクラブのプレイルームであるから、どこかの舞台装置のような物で、少しも本物には見えないものだが、その仰々しい雰囲気と、彼女の雰囲気は何ともアンバランスだった。
筆者は、この愛くるしさを看板に、むしろ、女の子の可愛い部屋を再現して、そこで悪戯されてしまう男という設定のプレイをしたほうが儲かるのではないかと思っていた。
そんなことを思いながら、しかし、そんなことは少しも書かずに記事を作っていた。可愛いが女王様コスチュームには無理のある女の子の衣装を褒め、可愛いを小悪魔的と表現して記事にしていた。
記事を書きながら、顔を上げると、原色の風景の中で渋い中年の男がぼんやりと窓の外を眺めている。落ち着かない店なのだが、記事を書くのには適していた。筆者はその店も、そして、その近所にあった女王様専科の風俗店も好きだった。どちらも、何故か落ち着けたのだ。
あの店、もしかしたら、それがあったのは中目黒ではなかったのかもしれないが……。
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