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2017年10月12日01:31

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先生と師匠(その10)

 美しい人だった。ルポライターという職業で、彼女はルポ以外はいっさい書かないと言っていた。小説も、エッセイも、依頼があれば全て丁重に断るのだと言っていた。そのルポライターである彼女に弟子入りしているライターの女性たちがいた。筆者にはそれが不思議だった。ライターこそ、お教室でそれを学ぶものだと当時の筆者は考えていたからだ。
 筆者は自分の雑誌の中に、強引に仕事を作って彼女と会った。仕事がしてもらいたかったのではない。聞いてみたかったのだ、弟子とは何なのかを。
「弟子って、古いですよね。ただのアルバイトです。まあ、恐ろしく給料は安いですけどね。あんまり給料が安くて仕事がきついから、アルバイトとは思えない子たちが弟子だから仕方ないって、そう思い込みたいだけじゃないですかね」
 ショートカットの髪でシャツにジーンズ。それでも彼女の美しさは隠せていなかった。もしかしたら、彼女に憧れているアルバイトという名の弟子の女性たちは、彼女自身に憧れるレズなのではないか、と、そう疑ってしまった。そんな魅力が彼女にはあったからなのだ。
「アルバイトには仕事をしてもらってます。資料集め、アポ取り、現地取材の代行をさせることありますよ。もちろん、原稿も書いてもらいます。でも、彼女たちに、仕事の仕方なんて教えないんですよ。先輩が後輩にそれを教えるなんてこともさせません。必要なことは自分で学ぶんです。だって、私のところの仕事はルポなんですからね。それが出来なければ、もう、それだけで仕事をして行く能力がないってことですからね。書くことなんて大事じゃないですよ。興味を持つこと、それが大事なんです。何でもいいから書くというのはルポじゃないし、そこにあるものをただ写真に撮っているようじゃカメラマンでさえないんですよ。そんなの普通の観光客ですよね。首からカメラぶら下げて写真撮って、悦にいってそのときのことを語る観光客なんです。そうした人は書き方、写真の上手な撮り方を学べばいいんです。街のお教室でね。興味があるから、そこに行く。探して、見つけて、記録するのがルポなんですよ。もし、私のところのアルバイトが弟子だとするなら、彼女たちが私から盗んでいるのは、その精神だと思います。貪欲さ、強引さ、執拗さ、悪いことばかりです。悪いことだから、お教室では教えません。私だって教えません。でも、盗むのは勝手です。暗黙の了解です。それを弟子だと言うなら、弟子なんでしょうね」
 どこまでも美しい人だった。美しい悪意に筆者はすっかり魅了されてしまった。この人の元で弟子になって、一から人生をやり直したいと、本気で思った。ただ、その人の事務所は女性しか雇わないということで、それは断念した。断念して、やっぱりレズなんじゃないかと疑うことにした。
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