これまでの日本の悪徳刑事ものでの最高傑作は深作欣二監督、笠原和夫脚本、菅原文太主演の「県警対組織暴力」だと思ってましたが、「日本で一番悪い奴ら」はそれに肩を並べる大力作。
いやー、堪能しました。
警官が犯罪を防ぐために自ら犯罪に手を染めるという本末転倒がなぜ、いかにして行われるのかということを本作ほど如実に描いた作品は、少なくともこれまでの邦画にはなかったんじゃないでしょうか。
以前「交番の裏は闇」「警察の裏はドブ」というドキュメント本を読んで、兵庫県警におけるトンデモな裏金作りや証拠捏造、違法捜査の蔓延にぶったまげたことがあります。出版物という形でならできるこの種の告発に、これまでの日本映画界はとても消極的でした。本作の公開でこの傾向に少しでも風穴があけば・・・、と思うのですが、どうですかねえ。
警察組織の堕落って、結局は「システム」のせいなんでしょう。
目で見える成果でしか評価を下せない偏向的成績主義って、とことん人間の意識を浸食し、目的を見誤らせます。
一時期、世間でも問題になったことのある交通違反摘発ノルマなんか、悪しき習慣の典型ですよね。あんなもん、いくら現場にノルマを科したところで、実際に違反する人間がいなけりゃ(まあ、必ずいますけど)ノルマ達成なんてできるわけがない。にもかかわらず「いついつまでに何件検挙しろ」「件数が上がらなかったらペナルティ」なんて言われたら、そりゃ誰だって捏造、でっち上げくらいやりますよ。
いくら汚い手を使っても、ウソやごまかしで糊塗しても、目に見える「数字」を上げてくれば大喜びで好評価を与える、なんてことを組織が奨励していたら、その組織は間違いなく腐敗します。
当然ですね。アンフェアなやり方で成果を上げた連中のことなんて、周囲にはどうせ筒抜けです。「アイツら、あんなやり方で表彰されてやがる。だったらこっちも・・・」と考えるのが人の常。なんのことはない、犯罪者を取り締まる組織が、そこで働く者にせっせと不正を勧めてるんですから。
本作のいいところは、そういったシステム悪を声高に叩くのでなく、多分に笑いの要素を盛り込み、人間喜劇としての面白さを追求しつつ、ミイラ取りがミイラになっていく愚かしさと哀しさをクールに描いている点でしょう。
ヤクザと密輸組織を油断させて巨大な拳銃密輸を摘発するため、彼らの覚せい剤密輸には目をつぶろう、と税関職員や捜査関係者が策を練るシーンなど、おかしいやら怖いやら。
「覚せい剤20キロ? 200挺の拳銃を挙げるためなら、まあ、許容範囲じゃないですか?」
この言葉に、うん、そーだねー、と首を縦に振る関係者達。
思わず笑ってしまいましたが、頬がひきつりましたよ。
でも、本当に怖いのはラストシーンなんですよね。あそこでの綾野剛の台詞と、邪気のない笑顔には心の底から恐怖を感じました。
コイツ、シャブよりも恐ろしいものの中毒になってる・・・。
ログインしてコメントを確認・投稿する