バルサ材を利用して彼は冷たい石の壁を描いていた。そして、アクリルを利用して、窓に鉄格子を作っていた。それがどのように作られるものか、それは筆者には分からなかったが、暗いSMクラブのプレイルームでは、それだけの演出で十分だった。
作っていたのは、元、舞台関係者だったというオーナーだったが、それが本当だったかどうか筆者には、それも分からなかった。
「こういう部屋に全裸の女がいる。私、それだけで十分なんですよ。逆にね。ラブホテルで緊縛された女がバイブを挿入されてアンアンと声を上げていても、私は笑っちゃうんですよ。どっちがリアルかと言ったら、そりゃ、ラブホテルでのSMなんですけどね」
そんな彼の話を聞くのが筆者は好きだった。そして、彼の店を取材した後だけは、チェーンの喫茶店には入りたくなかった。コンセプトなんかバラバラでもいい、山の写真の隣に芸者がビールを飲むポスターが貼られているような店でもいい、カウンターに置かれた木彫りの熊の隣にスイングジャーナルがあるような店でもいい。とにかく、店主の顔を思い描くことの出来る店でコーヒーが飲みたくなったものだった。
電子書籍時代の官能ビジネスとは、そうしたものではないだろうか。モニターのデザインはどれも似たようなものだ。しかし、それを工夫して、見せかけでもいいから、作り手なり送り手なりの思いが演出されている、そうしたものにならなければいけないのではないだろうか。
バルサ材に絵具で描いたような石の壁でもかまわないから。
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