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2015年02月05日12:02

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あのこれ(その3)

 廃ビルの地下。まるでテレビドラマのようだと筆者は思った。何しろ、その廃ビルの地下でSMショーをやるというのだ。それだけで現実感を喪失していた。
 取材ではない。そこに筆者がいたのは、お客のふりをして、その営業の様子を探ってほしいというSMサークルからの依頼によるものだった。そうした秘密ショーが儲かっているようなら自分のところでもやりたい、と、それが筆者に依頼した理由だった。
 そして、そうした秘密ショーは儲かるはずだ、と、筆者には、その確信があった。
 参加費は一人五万円。三十数年前のことである。参加者は二十人ほどだった。つまり、百万円近くが集まっていることになる。ショーをやる女性たちに対する支払いで三十万円がかかるというのが、場所代は五万円もかかっていない、それがそのときの筆者の見立てだった。やはり、これは儲かるな、と、筆者は思った。
 そこに入って来たのが、二十代前半の愛らしい女の子だった。その日のショーの主役なのだ。
 ところが、ここから話は一転した。戸惑う彼女は彼女に続いて入って来た三人の女によって、殴り倒され、それでも、何の冗談がはじまったのかと、恐怖しながらも笑っていた彼女は顔を殴られ、腹を蹴られ、ついには狂気に叫ぶ彼女の服が引きちぎられた。
 これはSMではない。ただのリンチだ。彼女の顔からは笑いが消え、恐怖と涙でぐしょぐしょになっていた。その彼女がお客に犯されはじめた。犯されることは恐怖ではない。彼女にとっては、犯されている間は殴られたり蹴られたいしないので、むしろ、安堵の時間なのだ。それほど凄惨な状態だったのだ。
 筆者のところに関係者らしい男がやって来て、自由に犯したほうが得だよ、と、そう告げた。
 とんでもない。そんな気分にはなれない。ところが、筆者以外の男たちは、この状況に慣れているのか、平然と彼女を犯していた。
 こんなとき、テレビドラマなら、勇敢に彼女を助けるのだろうな、と、そうは思ったが、そんな勇気は筆者にはなかった。むしろ、いかに安全に、その場を離れるか、それしか頭にはなかった。自分の身を守ることに必死で、彼女の心配どころではなかったのだ。
 筆者は、話し掛けて来た男に対し、自分が緊縛のみのマニアなのだと告げた。男は、そんな面倒なことが、どうして好きなのか、と、バカにした顏で笑った。小柄で細身の男だったのだが、筆者には、この男がたまらなく恐ろしかった。
 秘密ショーは数時間続いた。頃合いを見て、先に廃ビルを出た筆者は、少しばかり震える足のバランスを必死で整えて駅前まで向かった。そして、駅前の古い喫茶店に入って。そこでコーヒーを飲んだ。このコーヒーが一番苦かった。あれから三十数年が過ぎた。今から思えば、全てが演出だったようにも思える。もし、筆者が最後まで、あそこにいれば、彼女が別の女たちと談笑しながら帰るのを見ることが出来たかもしれないのだ。それは分からない。分からないからこそ官能だったのではないだろうか。苦いコーヒーの値段は、三百七十円だった。廃ビルの場所はもちろん、その駅の名前さえ覚えていないのだ、何故だか、あの苦さと、その値段だけは、はっきりと覚えているのだ。
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