船の形をした石の滑り台の中に隠れて彼は途方に暮れていた。石の滑り台の中は空洞で、側面には丸い穴が開けられている。おそらく船窓のつもりなのだろう。そこから覗くと、公園の向こうの小道が見える。小道は街灯に照らされて白く光っている。車の通る気配はないが、公園の中とは違い、とにかく明るい。
執拗に公園の中を観察するが人の気配はない。公園中央に六つもあるブランコは静かに止まっている。その向こうには葡萄棚のような物があり、そこにある葡萄や苺やバナナの小さな椅子のような物を闇の中に浮き立たせている。正面の道路を観察しながら、ゆっくりと右を見るが、そこにも人はいない。右側には、いくつもの石の椅子が並べられた遊具のような物があった。
もう、人が来ることもないだろう、と、彼はそう思いながら、いや、そう自分に言い聞かせながら、滑り台の中から外に出た。隣にある山を模したような遊具、その向こうの植え込みまでは、ほんの少しの距離だ。そして、そこに彼の服は隠されていた。
酷い話だ。彼はそうつぶやいた。全裸のまま彼は深夜の街を、ほぼ全力疾走で三十分以上も走り周ったのだ。
たかが露出痴漢を、そんなに必死に追わなくたっていいじゃないか。世の中には、もっと悪いことをしている者がたくさんいるじゃないか。中にはレイプをしている連中だっているんだ。それなのに、どうして、たかが露出痴漢をあんなにも必死に追う必要があるのか。
そんな都合の良い憤りのまま、彼はこっそりと滑り台を出て石の山の裏まで走った。走ったと言っても、もう、膝は限界に近かったので、まるで酔っ払ってでもいるかのように、フラフラと急ぎ足で歩いたという程度のものだった。
山の裏に差し掛かったところで、鉄の軋む音が公園中に響いた。もちろん、彼の耳にもそれは届いた。彼は山の裏から鉄の鎖を使って頂上を目指した。子供用の遊具であるから、登ることは困難ではなかった。ただし、彼は全裸ゆえに慎重にならなければならなかった。
幸い、頂上にはベンチがあったので、その陰から公園の様子をこっそりと伺うことが出来た。ブランコに人がいた。若い女の二人連れで、どうやら、一人は泣いていて、一人がそれを慰めているようだった。
震えていた彼の膝に力が漲って来た。彼は地図を描いた。ブランコのところまで全裸で近づきオナニーを見せ、その後、葡萄棚の向こうから道路に出て、左に曲がったところの住宅の私道に入れば、そこから周り込んで公園の裏、つまり、今、自分の居る場所に戻ることが出来る、と、彼はそう考えた。
体力は戻っている。まだまだ自分は走ることが出来る。獲物を前に狩りをしない者はハンターを名乗る資格がない。そんなことを考えて彼は、音を立てないように慎重に山を降りた。すでに彼の下半身のその部分にも力が漲っていた。これなら射精までに時間は要らない。
彼は知らなかった。葡萄棚の向こうから、露出痴漢が身を隠しそうな公園に目をつけた二人の警官がパトカーから降りて公園に向かっているということを……。
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