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2014年12月26日12:55

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課題小説

 男はふらつく身体を石で出来た丸椅子に尻を置くことで支えようとしていた。そして、尻に伝わるあまりに冷たい感触に驚いて再び立ち上がり、今度は前のめりとなり、同じ高さの星型の石の椅子に手をかけ、再び、その冷たさに驚いた。
 左右に身体を揺らしながら、男がアルコール混じりの息を吐くと、その息は不快な臭いを想像させることのない美しい真っ白な雲となって夜陰に消えて行った。
 星、ハート、丸とそれから、十一、いや、十二、いやいや、と、男は深夜の児童公園で独り言を繰り返していた。そこにある椅子の数を数えているらしかった。男は相当に酔っているのか、それを無意味に何度も繰り返していた。
 グレーのコートの襟を立て、ぼんやりと正面を眺めた男は、今にも倒れそうになりながらも、公園の奥に移動をはじめた。公園の中央にあるブランコの手すりに足をとられないように注意しながら、その向こうの砂場にある滑り台を男は目指した。滑り台は船を模しているらしいが、そのことに気付けないほど男は泥酔していた。
 男は思い出していた。ほんの数十分前にいた居酒屋で出会った女のことを。
 四十二歳で女房と子供に出て行かれた男はそれから七年間、週に二度のペースで同じ居酒屋に通っていた。それだけが男の楽しみだったのだ。その居酒屋で誰かに話かけられることはなかった。いつも一人だった。七年間、いつも一人だった。それが、その日、はじめて話しかけられたのだ。しかも、とびきりの美人だった。女もかなり酔っていた。こんな夜に一人で居酒屋なんかにいるのは変わり者と嫌われ者、と、そんなことを言って話しかけて来たのと、セーターの上からでも分かる巨乳のことを男は思い出していた。
 石の冷たい階段を手足の全てを使って子供のように登り、滑り台の上に立った。そこから、先ほどの椅子の集まった場所を眺めた。高い所から見下ろせば数えることが出来る、と、男はそう思ったのだ。しかし、公園には街灯らしいものがなく、その位置から椅子はほとんど見えなかった。
 男はため息を漏らしながら。凍えた両手を擦り合わせた。この公園の椅子の数は誰も数えることが出来ないのだ、と、巨乳を揺らしながら女は言っていた。子供たちの間では、この公園は呪われた公園と言われているらしく、他にも、人の乗っていないブランコが一つだけ激しく揺れることがあるとか、石の山の上のベンチはときどきなくなっているとか、葡萄棚のような鉄の柵で首を括って死ぬ人が多いのだとかと言われているらしかった。
 確かに不思議な公園だと男は滑り台から眺めて思った。
 男は滑り台を滑り下りた。まるで子供のようにコートが汚れるかもしれないことさえ気にすることなく。
 滑り台は思った以上に急であり、男が思った以上に滑りがよかった。男は着地の瞬間に少し腰を打ってしまった。その腰の痛みと酔いから、すぐには起き上がる気がせず、そのまま空を仰ぎ見た。星のない空で月だけがぼんやりと霞んで男を見ていた。
 このまま眠ってしまえば、いっそ楽になるのかもしれない、と、そんなことを考えていた。月の下の巨大マンションのいくつかの窓の光が煌びやかに揺れていた。その窓の内側ではクリスマスが祝われているのかもしれない。
 男は痛む腰を擦りながら立ち上がった。
 葡萄棚に人の気配があったことに男は気付かないまま、公園を出た。酔いは少しだけ醒めていた。

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