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2014年12月06日11:47

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課題小説

 折り紙の端がどうしても少しずれてしまうように、友達との会話がほんの少し噛み合わないように、セックスの快感が男との間で微妙にずれるように、私の人生はいつも何から少しだけずれていた。
 小学校のとき、折り紙が上手に出来なかった。皆はきちんと折れるのに、私だけは、どうしても紙と紙の端がずれてしまう。ずれは折る度に大きくなって、結局、出来上がったものは、鶴も冑も花も皆、不格好だった。不格好になった折り紙に興味が抱けず、ぐしゃぐしゃと丸めると叱られた。先生にも、親にも、友達にも叱られた。それが私が記憶している、もっとも古いずれだった。
 それからは、何もかもが少しだけずれていた。
 女友達の間で恋愛話が盛り上がる頃、私はペニスのことばかり考えていた。あんな物をぶら下げていたら、男の人は、いつも性的なことばかり考えてしまうだろうと心配していた。だって、どんなときでも、そこに性があることに気付いてしまうのだから。あんなものを意識しないではいられないのだろうから。
 ところが、ペニスのことを、そんなに真剣に考える十二歳は一人もいなかった。その年齢にしてセックス体験を持つ女の子はいたのに、そんな女の子でも、別に、特別にペニスが好きというわけでもなかった。
 私がセックスを知ったのは、高校生のときだった。その頃、私はペニスが萎えた状態から勃起して行く過程がものすごく見たかった。そこで初体験することにした。相手の男には、勃起して行くペニスが見たいと言ったのに、そのまま犯されてしまった。それはいいけど、犯すことに熱中した相手の男は、勃起の過程を私が見たがっていることなんかすっかり忘れていた。その上、犯した後に、私と付き合いたいと言った。ところが、私は、もう、彼のペニスは見たからいい、と、本気でそう思っていた。
 自分の性がSMというものに近いと知ったのは大学生になってからだった。女子大生のほとんどが学問よりも恋愛に熱中しているような頃、私は、セックス抜きに効率よくペニスを見る方法に熱中していた。もっとも効率がよかったのは、ファッションヘルスという風俗だった。口で咥えて、手で擦るだけ。私はお金よりも、そんな程度の奉仕でたくさんのペニスを見せてもらえるなんて、なんて素敵な仕事なのだろうと思ってしまった。
 別にセックスがあってもいいけど、セックスは退屈な時間が長いので効率が悪かった。風俗に勤めてからも、セックスありの風俗のほうが効率よくお金が稼げると薦められたが、そうした風俗はペニスを見たいだけの私には効率が悪かったのが。
 風俗嬢は天職ではないかと思った。いっそ、大学を辞めて、風俗に専念しようかと思ったところで事件が起きた。
 ファッションヘルスの控室で盗難事件が発生したのだ。
 女の子のストッキングが盗まれたというのだ。お財布でも、クレジットカードも、指輪やネックスレスでもない、ストッキングだ。盗まれた女の子は予備のストッキングで十枚ぐらいあったのだと言うけど、十枚あったとしてもストッキングなのだ。もっとも、彼女はそれ以前にも、下着やシャツが盗まれると言っていた。犯人捜しで鞄が調べられた。拒絶も出来ないから鞄を調べさせた。私の鞄に入っていたのは、ストッキングではなく、お客たちのペニスのファイルだ。写真を撮らせてくれるお客たちのペニスをパソコンに取り込んで、顏写真も撮らせてくれた男のペニスには顏写真付きで、細かなデータと一緒に一枚の紙にプリントアウトして、それをファイルして、私は持ち歩いていたのだ。
 ストッキングを盗んだ女の子はすぐに見つかり、大ゲンカになって、店を出て行った。ペニスの大量データが見つかった私は、咎められはしなかったけど、冷たい目で見られるようになった。
 何だか風俗嬢でいることが急につまらなくなって、私も店を辞めてしまった。
 辞めてみると、しかし、とんでもなく寂しくなった。ペニスの感触まで確かめることが出来て、その上、セックスや恋愛をしなくていいなんて、そんないい条件の話は、なかなかなかったからだ。
 大学生活は退屈なばかりだった。大学生は男も女も酷く私を退屈させた。彼らと話をするぐらいなら授業のほうが、まだ、いくらかいいように思えたぐらい、それぐらい彼らは退屈だった。
 私を好きだと言う男に、それじゃあ、授業中にペニスを出してオナニーして見せて、と、言ったが、彼はそれを冗談だと信じて疑わなかった。授業中に見る勃起したペニスが私にとって、どれほど魅力的なものかが彼には分からなかったのだ。
 そんな私が退屈を紛らわせるために、大学近くの児童公園でぼんやりしているところに、突然に現れたのが柊ようこという女の子だった。どこで私のことを知ったのか、彼女は、SM雑誌を私にくれた。タイトルは『窓と鍵』というものだった。彼女は「たぶん、気に入ってもらえると思うんだよね」と、私に言って、それを渡したと思う。その後、公園で煙草を出して、近所の主婦ともめることになったので、どうして、彼女がそう思ったのかは、聞けないままになった。
 SMは私の心を躍らせた。ペニスだけを遊んでいてもいい女王様という職業があることを、私はその雑誌で知った。
 私はためらうことなく、雑誌の広告にあったSMクラブという風俗店に勤めることにした。ところが、SMクラブは面白くなかった。そこはビジネスとしてSMをするところであり、マニアが自らの性を満喫していい場所ではなかったのだ。
 ペニスが見たい。勃起したところ、射精するところ、公園で、映画館でこっそりと、電車の中で、いろいろな場所で、いろいろなことをするペニスが見たかった。いじめられて萎縮しているペニスが好きだった。威張って私の顔にオシッコをするペニスも好きだった。男の人の口の中にあるペニスは何よりも大好きだった。
 でも、そんな私の趣味はSMクラブでさえも、少しだけずれていた。
 柊ようこという女とは、しばらく友達付き合いしていた。もしかしたら、人生で最初で最後の友達だったかもしれない。彼女とは美術展に行ったり、普通の女友達がするようにお茶を飲んだりした。彼女の口癖は「なんてつまらないの」だった。それが私は好きだった。映画を観ても、食事をしても、面白いけどつまらない、美味しいけどつまらない、と、彼女は何でも、つまらない、と、そう言うのだ。そんな彼女が私の趣味についてだけは、面白いよね、と、言ってくれるのだった。
 私の夢は小さなペニスの男の前で大きなペニスの男に犯されることだった。それを演出するために、私は小さなペニスの男と一年ぐらい本気で恋人をしてもいいと思っているんだ、という話を、彼女はとくに喜んだ。退屈すると彼女はその話を聞きたがった。
 そして、彼女の夢は、生きたままの人間を各部位を生かしたままにバラバラにすることなんだと言うことだった。手や足は切り離されても自由に動けるけど、首は無理ね、とか、耳と目は一緒に外したい、と、とても現実には叶わない話をしてくれた。その話は、とても子供っぽいのに、私はその話には退屈しなかった。何故なら、そのために使用する麻酔とか、メスとか、人間を切るための鋸のような道具についての話が妙にリアルだったからだ。そうしたことがリアルだと、切り離されて生きている部位なんてないのに、それも少しリアルになる、そこが面白かったのだ。
 彼女もSMクラブにいたが、やっぱり彼女も少しずれていたのか、どこの店も長く続かなかった。それは私も同じだった。
 私たちは、長く友達をしていたのに、同じ店に勤めることはしなかった。お互いにそれを望まなかったのだ。そんなところが私が彼女と長く友達をやっていられた理由だったと思う。
 ところが、あるとき、彼女は私の前からいなくなった。いなくなったと言っても、思えば、彼女がどこの誰なのかも、柊ようこが本名なのかどうかも、同じ大学だと言っていたが、校内では彼女を見かけたことなど一度もなく、それさえも本当かどうか私には分からなかったのだ。だから、携帯電話が不通となってしまえば、私には、もう、彼女を捜す手がかりは何もなかったのだ。
 私は大学を中退した。あの公園で偶然に彼女と会うことがないなら、もう、大学にいることに何の意味もなかったからだ。
 そして、私は、錦糸町のSMクラブで知り合った女の子の紹介で山梨のSMクラブで働くことを決めた。住み込みで働けるのは魅力だったし、そこは、何よりも、私の趣味を理解してくれる店だったのがよかったのだ。
 店長という男と私が会ったのは都内のホテルだった。そこで私はどうせ犯されるのだと覚悟していた。ホテルでの風俗店の面接にはセックスが付きものだったからだ。ところが、彼は、そうしたことを要求して来なかった。それどころか、今日中に、もう何人かと面接しなければならないので、あまり丁寧には説明出来ない、と、言われ、少しばかり拍子抜けしてしまった。面接だと言うのにビデオまで撮るところだってあるのだ。しかし、彼は本当に何もしなかったのだ。
 彼は、服を脱ぐことさえ要求しなかった。ただ、不安なままでは働き難いだろうから、今のうちに何でも尋ねて欲しい、と、だけ言った。
 私には不安なんてなかった。騙されるのも悪くないし、それで殺されるなら、なお、悪くない、と、そう思っていたからだ。不安などないので彼に尋ねることもなかったから、仕方なく、私は面接の暇つぶしに、自分の趣味について語ってみた。彼は、真剣に話を聞いて、柊ようこと同じように、面白い、と、言ってくれた。そういう女の子だというのを宣伝して行きましょうよ、と、そうも言った。どこのSMクラブでも、あまり個性は強くないほうがいいので、もっと、性に消極的な女の子を演じたほうがいいと言われたのに、彼は逆のことを言ったのだ。それが私には面白かった。
 その後で、彼は店のシステムや働く条件について、いろいろ話をしたが、私は聞いてなかった。そんなもの、どうでもよかったからだ。
 彼はそんな説明をしながら、ホテルの備え付けのメモを器用に切って、それで鶴を折っていた。折り紙より、よほど小さな紙なのに、その鶴は少しのずれもなく正確に美しく折られた。
 あまりにそれが見事だったので、私がそれを欲しいと言うと、彼は大きな枯れた手でそれをぐしゃりとつぶしてしまった。そして、優しく笑いながら「これは失敗です。今度、もっと、上手に折れたら差し上げますから」と、言った。そのとき、私ははじめて彼の目を見ることが出来た。
 この人のいる店なら働ける、と、そう思った。そう思ったら涙が出た。でも、すでに目を逸らしていた彼にその涙を見られることはなかった。

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