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2020年05月27日00:03

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官能の裏側、その3の4

「俺は貧乏も、不幸も知らないし、大学も、それほど努力して入ったってわけじゃないからよ。驚いたんだよ。苦学して、貧乏して大学に来ている連中にさ。そして、ある貧乏な女子大生と付き合うことになったんだよ。もともと、俺の学生運動も目的なんて、その大半は、そこで彼女が出来るかも、と、そんな程度だったからよ。でも、その女の壮絶な人生を知って、俺は自分の恵まれた環境が恥ずかしくなっちまったんだよ。おかしいだろう。恥ずかしいと思ったんだよ。その女は貧乏、家庭崩壊、アル中の父親との二人暮らし、その責任は社会にあると考えて風俗嬢にまでなって大学に進学。アルバイトも風俗。まだ、この業界がアバウトな時代だったからよ。性病の恐怖と闘いながら、必死に働いてたんだよ。だってよ。普通のアルバイトじゃ勉強している暇がないぐらい、それぐらい貧乏だったんだよ」
 車は夜の海を横に、熱海に向かっていた。筆者は、そこにいる自殺未遂、いや、狂言自殺の女のことより、この話をもっと聞きたいので、熱海よ遠くなれ、と、そんなふうに思いはじめていた。
「俺なんてば、バイトはするけど、バイト代は‎遊びに使う。逆に言えば、学生生活は優雅に出来て、遊びたい分だけ稼げばいいって、そんな程度だろう。そんな男がそんな女と付き合っていいはずもないから、半年ぐらいで別れることになったな。その女は、しかし、俺と別れてから、悪い男に騙されて、借金抱えさせられて退学したらしいんだよ。そんな貧乏な女を騙すんだよ。そんな男がいるんだよ。そんな賢い女が騙されるんだよ。だから、俺は風俗嬢たちと寄り添って生きたいって思うようなったんだよ。借金、男、病気、自殺未遂、毎日のトラブルに、あたふたとしてやっていようって思ったんだよ。相変わらず、俺は、不幸にはならないんだけどよ。だったら、不幸の隣には、ずっといてやりたいってよ」
 自分が幸福で強運なら、それでいいのではないかと、不幸で不運の経験しかない筆者は思った。
「俺は、あっちのほうが苦手だからよ。奥田君。頼むよ。
奥田君は、ほら、俺がいても、平気で出来るだろう。たぶん、あの女はそれを望むと思うんだよ。俺に見せつけたいってよ。そういう女なんだよ」
 自殺未遂は何なのだろう、と、思ったが、ようするに茶番なのだ。そして、茶番の劇こそが、大事な人生なのだろう。そういえば、その男は「俺の人生は最初から最後まで茶番劇なんだよ、きっと」と、そう言っていた。女たちの虚言に振り回されることで、彼は何を償おうとしたのか、それは分からないままになった。あれほど良好な関係だと思っていた筆者とは別に、彼は、ある時期から筆者を嫌い、遠ざけるようになったからだ。何のトラブルも発生してはいなかった。しかし、取材にも応じてくれなくなれば、付き合いは疎遠となる性風俗の記者との関係なんてそんなものだ。
 あれだけやり手だったのだから、今も、彼は何かを経営しているし、きっと、今も、風俗嬢たちに振り回されていることだろう。筆者などがすぐに逃げ出す虚言のトラブルの中に、きっと、彼は、まだ、いるのだろう。そう思うと、身体のどこかにある棘がピリリと痛む気がする。身体のどこかで痛む気がする、どこだか分からないのに、確かに、ピリリと痛む気がするのだ。

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