まだ若い頃、編集長に尋ねられたことがある。
「本作りで一番大切なことは何だと思う」
それは読者の喜ぶ良い本を作ることだろうと思ったが、筆者は少しひねくれて「売れること」と答えた。すると、その編集長は少し憮然とした顔で「締め切りに間に合わせることだよ」と、言った。
もっともなことだ。もっともなことだが、今なお、筆者はそれが苦手なのだ。筆者は堅実である。スケジュール管理はきちんとしている。締め切りは守る。ただ、締め切りがないと、いつまでも作業をするところがある。直し続けてしまうのだ。どこかの国の教会のようなものになってしまうのだ。ただ、あちらは、それでも建造が進んでいるが、筆者は、拘り過ぎた挙句に飽きてしまうようなところがある。
ラジオも夢が膨らんでしまった。千住小町の店をジオラマで造りたいと考えた。女子トイレの話を人形を使って絵を造りたいと考えた。昔の性風俗店の話をその店のあった街まで出かけてライブで録音したいと考えた。夢が大き過ぎるのだ。たかが、と、そう思うのだが、その、たかが、と、そこが難しい。
そこで、どうだろうか。もう、いっそ、絵も何も考えず、原稿のことも考えず、これまで書いて来たことを、ただ、読むというのは。これなら、今日からでも製作に取りかかることが出来る。そして、製作に手間もかからない。
何しろ、原稿は十年分あるのだ。雑誌ふうにするなら、官能文学辞典から一つ読み、対談ものを読み、本文を読むというのもいいかもしれない。あるものを、ただ、たんたんと読むだけなら簡単だ。
そんな企画も、少し考えてみたい。
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