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2020年02月02日09:33

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クラゲの叫び

 防波堤の上にクラゲが置いてある。
 晩夏の陽が真上にあり、じりじりとクラゲを熱している。クラゲは考えていた。「ああ、僕は今から死ぬんだな」
 
 子どもたちに囃したてられ、防波堤に連れて来られた時、クラゲは嬉しかった。「クラゲ人気も捨てたもんじゃない」そう思っていた。意外なほどの持て囃され方に、ひとり酔いしれていた。だが、防波堤のコンクリに叩きつけられた瞬間、クラゲは悟った。「僕は愛されていない」
 熱い。体の裏側?が音を立てて崩れてゆく。子どもたち、なんてひどいことをするんだ。あんなにもつぶらな瞳で、どうしてこんなに残酷なことができるんだ?いくら記憶を反芻しても、あの笑顔には、ひとかけらの邪気も見当たらない。彼らは純粋に美しい心で生命を破壊することが出来るのか?
 
 カツオドリが一羽飛んで来て、クラゲの隣に座った。
「死ぬのかい?」
「見ればわかるだろ?」
「ああ、そうだな」
「君も人間たちのように、僕の死を鑑賞しにきたのか?」
「違う、ただ話したかっただけだ。ちなみに人間たちはもうキミのことを忘れて、浜辺でボールを追っている」
「え?そんなはずはないだろう?彼らは僕の死に様を見たくて、こんな仕打ちをしたんじゃないのか?」
「違うだろう。ただただ君が奇妙だから玩具のように扱ったのだ」
「僕は生きている」
「分かるよ。でも彼らはそれに価値を見いださない」
「僕は、僕は何のために死ぬるんだろう」
「さあ、それはキミが何のために生きてきたかによるんじゃないかな」
「カツオドリさん、君にクラゲの哲学はわからないだろが、僕はただ、『存在するために生きてきた』んだ」
「僕らはそれを生きるとはいわない」
「だろうね。だから君にはわからないと言ったんだ。存在していること、波に揺られ、プランクトンを食べ、眠る。何かを為すためでなく、純粋に自分が自分として存在するために。それ以上に純粋な生き方は存在しない」
「じゃあキミの今の死に方は、純粋な死だとでも言うのか?」
「侮辱する気か?」
「いいや、何かして欲しいことは?」
「僕の代わりに叫んでくれないか?人間たちに向かって」
「いいだろう」
 カツオドリは一際甲高く鳴いた。子どもたちは鳴き声に振り向きもせず、スイカ模様のボールを追って浅瀬をかき混ぜている。

 夕暮れ。
「クラゲどうなったかな?」
「あれ?ここだよな」
「うん、そのちょっと濡れてるところ」
「なんにもないぞ」
「本当だ。何にもない」
「ここにいるよ。僕はここにいる」
「もう帰ろうぜ」
「行こう。シャワー浴びなきゃ」

 子どもたちは去った。防波堤の上の染み、目に見えないほど縮んだクラゲが生きている。完全に消えるまで、彼は生きている。
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